健やかで調和に満ちたココロと美とカラダ -29ページ目

健やかで調和に満ちたココロと美とカラダ

〜カラダがほぐれるとココロもほぐれる〜

オルタナティヴ ビューティーアドヴァイザーの ティアラです。


自然治癒力学校の社内研修があり

それぞれが おのおののイメージを

コトバで表現し 伝え合うワークがありました。



私のイメージ として みんなが出してくれたのが


「女性らしい曲線」

「美」

「ゴージャス」

「太陽」


どれも 言われて うれしい コトバ ばかり!




そして 特に うれしかったのが

「艶」というコトバを お二人が 言ってくださったこと。


お一人は

「艶 と書いて ツヤ」

もうお一人は

「妖艶 の艶(エン)」 と。



私は 色が豊か、と書く この感じが

大好きです。


そして 普段 自分では 

自分に足りてないトコロ、という意識があるので

そのようなイメージで見ていただけている、というコトが

大きな驚きであった と共に

とても うれしく 思いました。



ヒトが 見て  受け止めてくれている自分と

自分が評価している 自分では

よく その間に 大きなギャップが

見受けられます。



石橋を叩いても 渡れない性格 と自分では思っていても

あなたは慎重だから安心して 何事も任せられるわ、と

まわりから 評価を得ている場合もあるでしょうし



また ヒトと話すのが 苦手と 思っていても

ヒトからは 

自分のペース、世界観を持っているヒトと

受け止められているかもしれない。





おのころ心平が 尊敬する

翻訳家の 上野圭一先生は


「わたし」の主成分は「ことば」である


と おっしゃいます。



自分で 

思っているコト、

ヒトに言われた「コトバ」で 

自分の枠を勝手に作ってしまっている コトもあるかもしれないし


逆に

ヒトから言われた「コトバ」で

リミットを外して 自由に窓を開け放つコトが

できる時も あります。




ヒトに 誉めてもらった と思った時

言われて うれしいコトバを プレゼントされた時


「いやいや、私は そんな人間じゃない」と 否定する前に

一度 いったん

受け入れてみませんか?



「そんな 自分も いるかもしれない」と

受け止めて見てコトも

「自分を大切に愛しむ」  一つのヒントとなるかもしれません。












 

オルタナティヴ ビューティーアドヴァイザーの ティアラです。


長年に渡る ニキビ肌と

別れを告げることができたのは

自分を自分で受け入れることができたから、

だと思います。


アタマで思うことと

ココロで感じること

そしてカラダで実際に行動する言動

この3方に ズレがなく

そして歪みが生まれなければ

ストレスも溜まらない。

私が 自分を受け入れ

このズレのない自分を愛しむようになった時


初めて ニキビくんは

「うん、気付けたんだね。 

もうボクが キミにサインを送りらなくても大丈夫だね」って

安心して 私の元を 離れたのだと思います。


ニキビという形で 

私のココロは ずっとサインを送ってくれていた。


あなたの 本当のココロに 気付いてる?


あなたの 本当の自分のココロの声を 

ちゃんと 聴いてあげている?


自分を 大切に 愛しむことを 

ちゃんと できている…?



気付くタイミングは ヒトそれぞれですが

私のように 30年もかけなくてもいいんじゃないか、と

感じているのは 正直なところ。



病気は 才能。

そして 自分のココロの声を聴いてあげるきっかけともなる

貴重な チャンス!


ご自身のココロとカラダに もう少し

耳を傾けて みませんか?





オルタナティヴ ビューティアドヴァイザーのティアラです。


私は

自分を愛する

尊重して大切にする、ということが

本当にできない 女の子でした。


そして その悪習を オトナになっても

ずっと引きずっていました。


小学生~中学生の頃 受けたいじめや 

家庭環境のことは

アタマの中では 「昔の終わったこと」と捉えていましたが

その 大昔に育まれた 考え方や思考回路を

いつまでも 引きずっていたのですね。


この前 てんつくマンが話していました、 

たまたま 知り合ったおばあちゃんから

教えてもらったというコトバ。


イヤなことや 苦しいコト、なんで???って思うことが

起こったとします。


もし アナタがその時の感情に支配されて

その出来事を そのまま放置すれば 

それは キズ(傷)となる。


でも アナタが ちゃんと向かい合って

乗り越えるコトができれば もう一文字付いて

それは キヅキ(気付き)となる



その通りだなぁと思います。

どんな出来事でも それを乗り越え

今をハッピーに過ごせていれば

「あの時 あの出来事があったから

今の私が ある」

という 感謝の学びとなる・・・


その起こった出来事が

最悪な経験だった、となるのか

それとも

気付きと学びを得られる

貴重な経験だった、となるのかは

全部、受け取り手の

わたし自身、の問題。



私は 幼少の頃の経験や出来事から

自分を愛することのできない女の子として

成長してきました。


そして自分を愛することができない、

でも本当は愛したいという、というココロの声に

封をしたまま 大きくなりました。

本当に自己肯定感が低い 人間でした。


でも

自分を受け入れる 自分を甘やかす、

自分を大切にする 、という事を

ココロがけ、

そして 自分のココロの声を聴くようになってから

ココロのSOSを表層で表していた

ニキビが スッと潮を引くように

治まっていったのです。


もう少しだけ 続きます。

オルタナティヴ ビューティアドヴァイザーのティアラです。


今 私の手元に 

一冊の本があります。


自分を愛して!―病気と不調があなたに伝える〈からだ〉からのメッセージ/ハート出版
¥2,268
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リズ・ブルボーによる

ココロとカラダの処方箋。


「ニキビ」をひいてみると

そこに書いてある リズ・ブルボーからのメッセージは…


<抜粋>

にきびは 自分から人を遠ざける作用、

自分を(特に近くから)見ないようにする作用があります。

つまり にきびは、

その人が 自分を愛していないこと、

自分を尊重するのをこわがっていることを

表しているのです。


とあります。




カラダの表面に 現れる 症状(ニキビ)が

ココロと繋がっている・・・?


でも 私はまさしく 

自分を愛せない、

自分を尊重するのを怖がっている女の子、でした。



自分を好き!と言える、自己肯定感をきちんと持っているヒトを


私とは違う 楽しい人生でいいね、って

少し羨んでさえいたと思います。


自分のことが ずっと キライだった。


自分を大切にする、という意味を

まるで わかっていなかったし

やり方すら 知らなかった。


だって 自分の存在意義すら わかってなかったから。



じゃあ なんで そういう女の子だったんだろう。


そんな思考癖を 取り除くのに

30年も かかったんだろう。



ニキビという形で 私に訴えかけてくれてた 

私のココロに 

自分自身が やっと気付けたのが

2013年、 

去年の夏、でした。



続きます。


 
オルタナティヴ ビューティーアドヴァイザーのティアラです。


私が今 過去のこととして

30年に及び 悩まされた ニキビについて

話す(=放す)コトができるのも


私自身が もはや 

完全に 私のココロとカラダで 手放したモノ、と

認知し 確信を得ているから。



もう私の ココロとカラダは

ニキビのある状態を作りださない、

もう私は 完全に ニキビを手放した、と

と自分で100% 信じているからです。



ちょうど写真がありました。


26歳で 長女の母乳を断乳した頃の写真。


子供のスクスクとした成長に 喜びの多い時、のはずなのに

ホホからアゴにかけて 

無数のニキビが 確認できます。

 

もう一つ

こちらは 1年半前の 2013年 春の写真


プロのメイクさんに背中のニキビの赤みを消してもらい

照明を当ててもらって プロのカメラマンさんに撮影していただきましたが

それでも尚 背中に広く点在するニキビが 確認できます。



そして 今 ようやく30年に及ぶ闘いを終えた 私。


ニキビにいい と言われることは

すべてやってきていた つもり、でした。


食療法、健康食品、サプリメントも

おそらく 一通りは 全部試しています。


また 30代に入ってから

ずっとカラダを鍛えていましたので

血流や代謝も 決して悪くなかったはず。


それなのに 絶えることのなかった ニキビを

どうやって 完全に手放すことができたのか…


やっぱり 病気は才能、だったんです。


カラダに 症状となって現れるのは

ココロのシグナル。


私は ニキビという形で現れる 

カラダの症状への対処法を 行っていただけで

根源的な 自分のココロのケアを

まったく 行っていなかった。


癒えぬココロが 

カラダに表れる 絶えぬニキビ、という形で

必死に 30年間

私に訴え続けてくれていたにも 関わらず・・・



次回に続きます。