幼少期の頃から
年越し前になると
両親は
神棚の掃除
御札や
しめ縄等お飾りの取り替えを
毎年恒例の如く当たり前に
しているのを見て育ち
おふくろには神社仏閣によく連れていかれてました。
御神仏様は
自分には
見えない聞こえないけど
存在は小さい頃から感じてました。
自分も
自分の息子ら小さい頃は
よく神社仏閣へ
月に数回と連れて行ってましたが…
その息子
年越しと言っても
神棚とか掃除とか…
全く無反応というか…
本来ならば当たり前の様に
家族皆で神棚に向かうものだと思うけど
育て方
間違ったか?
興味を持って欲しいが
強制する事ではないし…
期待するのも良くないか…
父が亡くなり
今
神棚に向かうは自分とおふくろのみ…
そして
本宮神社の年越しの準備も
自分とおふくろのみ
もし自分が御神仏様に対し無反応な感性であったならば
神棚も本宮神社も
おふくろ一人で
お世話してたか?
血の繋がりあれど
感性を
引き継ぐか
引き継がないか
難しいもんです。
様々な環境や状況もあるけども
宮司の後継なく
無人化していく神社を
どうにかしたいものです。
本日は
参道を掃除していたら
ドサ!っと木の枝が落ちてきました。
視えて会話が出来たらいいな〜と思うものの…
直感で感じた内容だけで充分か
見上げれば
こちらからは視えないけど
観てますね笑
明日は御神酒を上げに行きます。