最近めっきりブログ更新が止まっておりますが、捨て置けない状況に少しずつ投稿したいと思います。

 

 

まずは年明けの江原啓之さんの新春講演会2025の感想を。

 

今年は前田日明さんをトークゲストに迎えての講演会でした。

テレビ業界の裏話など、還暦を迎えられたからか、江原さんがとにかく楽しそうにお喋りされているのが印象的でした。

あまりに夢中で喋り過ぎて、時間を過ぎて慌てて切り上げていましたね。

 

さて、江原さんの2025年に関するお話は、ananweb、クロワッサンオンラインより引用させて頂きます。

 

個人的に気になるところを赤色にしておきます。

 

 

 

米不足や食料品の高騰など食糧難を切実に感じる昨今。「絶体絶命」の年を迎える私たちが選ぶ道とは? 「諦めないで。起死回生は必ずできます」と語る江原啓之さんの、力強いメッセージをお届けします。

 

霊界からもたらされた、2024年を表すキーワードは“プライドの失墜”。積み上げた価値観や支えとしてきたものを失い、自尊心が崩壊するようなことに直面するという意味でした。’24年を振り返ってみると、令和の米騒動と言われた米不足問題、世界各国で法令化が進む安楽死問題など、私たちの命そのものに直結する大きな出来事が起き、まさに自らの生きる軸は何かを問われた年だったといえます。

でもみなさんには、「その年のキーワードが当たった」という視点で終わらせてほしくありません。例えばあなた自身は米不足のときに何を考え、どんな行動をとりましたか? 安楽死についてはどう考えていますか? 世の中の出来事と真正面から向き合い、自分自身の考えをしっかりと振り返ってほしいのです。

米不足で慌てた人のなかには、農家さんと直接購入の契約をした人もいたようです。ところが新米が出て店頭にお米が並び始めた途端に、契約をキャンセルしたケースもあったとか。勝手な都合で軽はずみな行動をとるのは、厳しいようですが、きちんと自分の考えを持っていないからではないでしょうか。

私は大学で学生さんに講義をする機会があります。安楽死の賛否を尋ねると、なかには賛成する人もいます。しかし「自分が今まで愛された記憶を思い出してみて」と言うと、それぞれに家族や友人との思い出を語ります。そして「そうやって愛されたあなたは安楽死したい? 自分を愛した人が安楽死するのはどう?」と再び尋ねると、誰もが「それはイヤです」と答えるのです。世の中の風潮に流されず、今こそ命や愛、人とのつながりについて考え、自分の生きる軸を確かめましょう。

 

心開ける相手を一人でもいいから作って

’24年は若い人たちがバイト感覚で犯罪に加担してしまう闇バイトも問題になりました。『お祓い箱 令和六年 御託宣付き』(マガジンハウス)で「自分が詐欺をする側にならないとも限りません」と警告したことがまさに現実に。犯罪だと知ったあともグループを抜けられない、誰にも相談できないというのは人とのつながりや絆の弱さの表れ。親ですら信じられない人が増えているのかもしれません。

ただ私は、時代がどうなろうと人というのは変わらないと思っています。安楽死問題できちんと命と愛について考えれば自分の大切なものがわかるように、たましいの本質は変わっていないからです。大事なのはどんなときも基本に立ち返ること。犯罪は極端だとしても心にひっかかりや後ろ暗さを感じるときは、公明正大に生きているかと自分に問うてみて。そう生きるほうが本当はラクだと気づきましょう。軽はずみな言動をとったり、相談できずに追い詰められたりする前に、自分が信じられる人、心を開ける人を一人でもいいから作ってください。それは家族でも友人でもいいのですから。

いよいよ2025年についてお話ししていきましょう。’25年がどんな年になりそうか、霊界からもたらされたキーワードは“絶体絶命”です。「もうダメかもしれない」と覚悟するほどの出来事が次々と起き、すべてにおいて“ギリギリ、瀬戸際、綱渡り”な状態を実感する年となりそうです。

でも早合点しないでください。絶体絶命というのは「ダメ」という意味ではないのです。霊界も「最終的にはやや光明を見出せるが、日暮れに迫る道は変わらぬ」と伝えてきています。つまり土俵際で持ちこたえて起死回生を狙うチャンスはあるし、そこから窮地を脱することもできるのです。未来は決まっていません。今、私たちがすべきことはどのように起死回生できるかを考え、実践すること。そのためには気づくこと、そして考えることが重要な鍵といえます。

まずは下記に挙げた、注意すべき3つのことを心に留め置きましょう。さらに世の中で起きることや身の回りの出来事について、自らのインスピレーションで「何かおかしい」と思ったことはスルーしないでください。それはあなたにとって重要かつ必要な気づきですから、ひとつひとつ考えましょう。

考えるというのは疲れることかもしれません。時間をかけて考えるなんて面倒くさいし、白黒つく答えが出ないとか、考えたところで簡単に物事は変わらないと思って諦めてしまいたくなる気持ちもわかります。でも唯一、変えられることはあります。それは個、自分です。社会は個の集積なのですから、個が変われば社会も変わっていきます。自分が変わらないまま「社会が変わらない」と嘆くのは意味のないこと。それより「だったら自分の生き方を変えればいい」と、意識のベクトルを変えましょう。

誰もが同じように個を変えていけば、個の集積である社会、そして未来はよい方向へと変わり始めます。霊界からの「日暮れに迫る道は変わらぬ」というメッセージは「気を抜いてはいけない」という戒め。起死回生の道を歩き始めたら、気を引き締めて進んでいきましょう。

 

幸せになる人には共通する特徴がある

もしもあなたが問題だらけのプロジェクトの責任者になるなど他の人がやりたがらない案件を引き受けることになったらどう思いますか? 周囲から見れば、あなたは絶体絶命状態。「押しつけられちゃってツイてないよね」「やらなくてもいいのになんで背負っちゃったの?」と、まるで選択を間違えたかのように言われるかもしれません。そこで「だってこんな経験、なかなかできないから」と前向きに言えるなら、あなたは幸せになれる人です。少しぐらいの強がりや開き直りがあっても、どこかに現状を楽しむ気持ちがある人は、これからの人生が充実するでしょう。

大変なことを引き受けるという例に限らず、幸せになれる人の特徴は、自分に起きるどんな状況も受け入れて楽しみながら乗り越えていけることです。「そんな気持ちになれない」という人は、視点を変えてこう考えてみて。「これで人生のネタが1つ増えるぞ」と。そう思った途端に、起死回生の逆転劇が始まります。そのときはきっと必死でしょう。

でもあとになって「まぁ、楽しかったな」と、こだまのように自分のたましいの声が聞こえるはずです。どれだけ自分を俯瞰し、客観視できるか。セルフプロデュースするように、人生のネタとして、どう面白がれるかがポイントです。

さて、霊界からは「軽はずみな言動に注意」というメッセージも来ています。短絡的に、思ったままをSNSで発言したり、後先考えずに行動したりしないよう注意しなければなりません。

今回は、富士山を望む沼津の御浜岬で撮影を行いました。霊峰富士というだけあって、見るたびに畏敬の念を抱かずにはいられません。ところが富士山そのものが御神体である意識が薄れているのか、ここ数年は弾丸ツアーや軽装登山などが大きな問題になっています。

「そのときのノリ」「誘われて仕方なく」といった言い訳はすべて自分で考えない、主体性のなさが原因です。無謀な登山は命に関わりますし、SNSでの軽はずみな言動は“炎上”といったトラブルに発展することも。気づけば絶体絶命状態になる可能性は大です。自分で考え判断することを、決しておろそかにしないでください。

経済は不安定、気候変動も深刻化するなど暗いニュースばかりで暗澹たる気持ちになるかもしれません。でもそれは暗い時代を勝手に自分に映し出しているのです。言葉を換えれば自己憐憫、責任転嫁、依存心という不幸の三原則に自らのっかって、自分を不幸にしているだけ。どんなご時世であろうと「楽しんでやるぞ」という気持ちを忘れないで。過去には日本でも戦争がありました。でもそんなときですら工夫して自分たちの暮らしを楽しむ人はいたし、笑顔がなかったはずはありません。時代のせいにして流されたら「日暮れに迫る道」をただ歩くだけになってしまいます。

私たちには幸せを自分で作るという責任があります。その幸せは他人にとやかく言われるものではない自分だけのオリジナルな幸せです。自分だけの喜びを大事にして生きれば、その楽しさ、明るさが世の中に映し出されます。自分を変えれば世の中は変わる。時代に自分を合わせるのではなく、自分を時代に反映させていくのです。もう一度、自分の喜び、幸せは何かを確かめましょう。

 

江原さんからの注意すべき3つのキーワード

人間関係keyword:あやしいカリスマに注意

簡単にブームが作られる時代。人気があるからと信用した人は“あやしいカリスマ”かも!? 人は群れると依存心から短絡的思考になりがち。身近でも「この人が言うなら」と鵜呑みにすると痛い目に遭います。「これはあやしい」と気づくには自分の頭で考えること。

自然界keyword:電磁場が大きく狂う

隕石などの天体、宇宙からの影響も含め「電磁場が大きく狂う」というメッセージが霊界から来ています。航空機などのGPSや交通システム、パソコンや通信などデジタル分野は大きな影響を受ける可能性が。デジタルに依存した暮らしをしているなら要注意です。

経済keyword:「いい話」にのらない

経済状況がよくないときほど、つい「いい話」に耳を傾けたくなります。「これを買うといい」「投資になる」と誘われても軽はずみにのらないで。’25年は為替や株価、経済状況も乱高下傾向。「いい話」は起死回生どころか、絶体絶命に陥る可能性大だと心得て。

 

 

 

 

江原啓之さん「行動次第で人生は好転!運を開く」

令和の米騒動といわれた米不足や物価高騰、生活そのものへの不安が増した2024年。今の時代を生き抜くために大切なこととは?幸福を呼び寄せるためにすべきこととは?まずは、スピリチュアリストの江原啓之さんに2025年の心構えと運の拓き方を聞きます。

 

2025年の運を拓くのは、コミュニケーション力。すなわち“つなぐ力”です。

2025年がどんな年になりそうかを一言で表すと「絶体絶命」です。加えて「ギリギリ」「瀬戸際」といったキーワードも霊界からメッセージとして届いています。これだけ聞くと不安に思うでしょうが大丈夫。「絶体絶命でもギリギリのところで方向転換すれば乗り切れる年」だからです。私は開運について「受け身で待っていてはダメ。自ら行動を起こし実践してこそ道を切り拓ける。

運を拓くのは自分自身」と言っています。私が「ひらく」に拓の字を使うのはそのためです。では行動のポイントは何か。2025年は“つなぐ”と“憩う”です。それらを踏まえ、どう実践するかをお話しする前に、絶体絶命の現状を読み解きましょう。

一番の危機は私たちの食です。2024年の米不足をはじめ、野菜やその他食料品の値段が高くて、おいそれと買えない状況はまさしく食糧難。減反政策や農家の高齢化、気候変動などを考えればこれから食糧難は深刻化するでしょう。私自身、野菜やお米を作っていますし、以前からプランターでもいいから家庭菜園をするようみなさんに勧めています。食糧難への備えはますます必要になります。

とはいえ、自分一人での備蓄は限界がありますよね。そこでポイントとなるのが地元とつながること。ご近所さんや地元のお店と交流をすることです。ふだんから交流していれば信頼関係を築けますし、いざというときお互いに助け合えます。スーパーマーケットにお米がなくても、いつも行っている個人の小売店なら「買いに来ると思ってお米、取っておいたよ」と融通してもらえるかもしれません。

そんなお店が地元にいくつもあれば街全体で備蓄をしているのも同然です。そしていつもと同じ笑顔で迎えてくれる店主がいるお店は、安心感のある憩いの場となります。人と人を“つなぐ”コミュニケーションを深め、“憩う”場を持つことが暮らしに強みを持つことになるのです。では、いよいよ具体的な実践方法をお話ししていきましょう。

 

江原さん自身、食の危機への備えとして沼津で米作りをしている。その縁で2021年に燦々ぬまづ大使に就任。頻繁に訪れるうちに、居を構える熱海と並ぶ地元になったという沼津を巡りながら話を聞いた。

 

憩う場で自分を取り戻す。おしゃべりで心の整理をしゃべりで心の整理を。

 

 

厳しい現実のなかで私たちはどうしたら幸せになれるのかを江原さんに尋ねると、シンプルかつ現実的な答えが返ってきた。

衣食住が足ることです。食糧難が深刻化すると述べましたが、農薬や添加物などが使われた食品が多く、自然で体に良い食品が身近に少ないことも食の危機です。そういう意味では豊かな食を守ることが重要です」

豊かとは高級という意味ではない。素朴でも安全で良質な食材を選び美味しく食べることだ。しかも開運につながると言う。

「例えば家庭菜園で無農薬野菜を育てれば、栄養価が高い旬の野菜を安全に食べられます。健康にいいですし、葉も皮も捨てるところなく食べられて家計が助かる。私は畑で無農薬野菜を育てていますが、大根の葉っぱも刻んでおじゃこと合わせ、美味しくいただきます。食品が高騰しても、家に野菜があると思えば心丈夫です。これで健康運と金運がアップします。たくさん収穫できたらたくさん料理して、ご近所さんも呼んで一緒に食卓を囲みましょう。一緒に食べることでコミュニケーションが深まり、“つなぐ”と“憩う”も実践できます。誰だって嫌いな人との食事ほど苦痛なものはありませんよね。つまり誰かと一緒に食べるというのは幸せの現れなのです。これこそが豊かな食ではないでしょうか」

 

憩う場で自分を取り戻す。おしゃべりで心の整理を。

八百屋など個人経営の小売店やカフェといった地元のお店で顔なじみになると、そこが憩う場になる。具体的にはどういう意味合いがあるのだろうか。

「自分が不安なとき、落ち着きを取り戻す場所になるということです。自分自身を取り戻す場と言ってもいいでしょう。例えば急に夫が会社を辞めると言い出したら不安になりますよね。お金やこれからの人生のことなどを一人で悩んでいたら、不安が増してパニックになるだけ。まず冷静になることが先決です。そんなときこそなじみのカフェに行き、いつもの飲み物を頼んでマスターと他愛ないおしゃべりをする。相談ではなく、むしろ世間話でいい。そのほうが自分を取り戻せるし、だんだん自分の心の内が整理されていきます。関係のない会話の中でふと良いヒントが得られたり、ひらめいたり。元気な八百屋のおじさんと話しているうち、なんとかなると開き直れることもあるでしょう。人は誰かとおしゃべりしながら、実は自らに向き合ってもいるのです」

暗いニュースなど一方的な情報にあおられ不安に駆られれば、現実を見失いがちに。

「ただ恐れを抱いて不安になるのが一番よくありません。自分の頭で考えるために、まずは憩うことで落ち着きを取り戻しましょう」

 

もう一歩図々しくなって新しいコミュニティへ。

直接のコミュニケーションで傷ついたり、傷つけられたりするのが怖いという人も多い。

「コロナ禍で使われたソーシャルディスタンスという言葉が原因のひとつです。本当はフィジカルに距離を取るだけでよかったのにソーシャルに距離を取ってしまった。というように、言葉にはたましいが宿ります。それほど影響が大きく、使い方を間違えると怖いのです。今こそソーシャルな距離感を取り戻す必要があります。直接の会話で一方的に傷つけられることは実は少なくて、必ず何かしら得るものが会話の中にあるはずです。それにイヤな目に遭ったとしても、それで距離感がわかるということもあります。経験で得られるものは大きい。傷つくのではなく磨かれると思って果敢に挑んでみてください。少しくらい図々しくてもいいんですよ。もう一歩踏み込んで、新しいコミュニティを広げてほしいですね。そうしないと生きた実感は得られません。SNSなど匿名でつながるほうが楽だと思うかもしれませんが、顔が見えないつながりは公明正大ではないぶん問題が起きやすい。顔が見える地元で信頼感を持って“つなぐ”ことが重要です。ただし相手に依存したり、何でも自分をひけらかしたりするのはトラブルの元。入れ込みすぎないよう距離感はコントロールして」

 

安易に白黒をつけないで自ら考えることが大切。

「2025年に大災害が起きるといった噂を耳にして心配している人もいるようですが、だまされないで」と江原さんは警鐘を鳴らす。

「2024年に南海トラフ地震に関する情報が出たとき、多くの人が心配しました。スピリチュアルな視点からすると、心配というのはその方向に“心を配る”ことであり、ひとつ間違えると“期待”と同じ力を持ってしまうのです。実際に南海トラフ地震を誰もが気にしていた時期、他の地域で地震が起きました。これは人々の心配、つまり期待という念力も作用していたのではないかと私は分析しています。冷静に考えれば日本はそもそも地震国ですし、昨今は豪雨や酷暑による災害も多い。いつでもどこに住んでいても、すべきなのは現実的な防災対策なのではありませんか?」

情報があふれ、しかもその真偽がわかりにくい時代、何を信じたらいいのだろう。

「人は偏った情報や間違ったカリスマに振り回されやすいものです。『テレビでこう言っていた』などと一方的な主張をそのまま信じたり、インフルエンサーの発言を鵜呑みにしたり。自身の目で見ていないことに関しては安易に白黒つけないことです。自分で調べ、しっかり自分の頭で考えるという姿勢を、常に忘れてはいけません」

 

外から見える良さがある。だからもっと旅に出よう。

旅に出たとき、改めて地元の良さを感じたという経験は誰でもあるだろう。そういう意味でも旅はおすすめだという。

「地元を離れて隣町へ遠征、ぐらいの旅でもいいんです。でもチャンスがあるなら、思い切って海外に出かけてほしいですね。旅をするほど、本当の日本の姿が見えてきて良さにも気づきます。俯瞰できるからです。私自身、イギリスを何度も訪れるうちイギリスかぶれになった時期がありました。でもかぶれた末にわかったのは、日本の医療制度のありがたさと日本文化の大切さです。すっかりかぶれが収まった私は、今では古民家に住み、日本の伝統文化を守り継いでいます」

旅はコミュニケーション力アップのいいきっかけになる。出かけた先でのコミュニケーションには、一期一会の気軽さがあるからだ。

「子どものころ、祖母と一緒に出かけたときにバス停で、祖母が誰かと楽しげに話し込みバスを逃すことがありました。『今の人、誰?』と聞くと、祖母は『知らない人』と。それもコミュニケーション力ですよね。行く先々で出会った人とその時々の会話を楽しめたら、孤独なんてあり得ませんし、毎日が充実します。きっとどこに行っても、どこで暮らしても生き抜けるはずですよ」

 

 

2025年。

他人任せにせず、自ら行動していく年にしたいですね。