町田寄りのはまっこブログ

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妄想宇宙論

 

 [まえがき] ~妄想宇宙論への招待~ 

 《 ようこそ妄想の世界へ! 》

この文章は、『私』が妄想で創り上げた宇宙の話である。それゆえ、ここで発表する論に事実も根拠もなく、ましてや賛同する人もいない? ( あれっ、ひとりだけ? ) つまり、2009年現在フィクション、ありえない作り話である。

しかし、時が経ち、科学技術が進歩するにつれ、ドラえもんや鉄腕アトムがつくられた後、ひょっとしたら『私』と同じ論を唱える科学者が現れるかもしれない。そして、そんな人が論を研究し、事実と確かめられる日を迎えることになるかもしれない。という確率はほぼ0に近い……。

もしも、こんなにもでたらめな文章で宇宙に関心が持てたら( という人は少ないと思うが…… )ぜひ、この文章が科学的に正しいか確かめてほしい。そして、事実でなくても《夢》として持っていてほしい。どこか記憶の片隅に残っていたら本望です。

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[まえおき] ~想像することの大切さ~ 

さて、本編に入る前にひとつ伝えておきたいことがある。それは……、

《 想像することは人類に与えられた使命だ。 》

まだまだ、私たち人類には、わからないことが山のようにある。例えば、これから書こうとしている宇宙のことや私たちが住む地球のこと、そして私たち自身のこともそうである。それをわからないままにしてしまうのは、人間の性格上どうも腑に落ちない。

だからこそ、想像するのだ(ここでは『想像=予想』という意味)。事実を確かめるには、ある程度の想像を基にしてから行っている。現に、理科の実験なども予想を行う。つまり、あくまでも『私』の主観だが、想像することなしに科学技術の発展、そして人類の発展はありえなかったはずである。

しかし、目覚ましい科学技術の発展を遂げてきているはずの現代人には想像力が欠けていると感じる。

「でも、想像力なくても発展出来ているのでは?」

と前段の内容を見て思ったあなた、それは大きな勘違いをしている。一口に『科学技術の発達』と言っても現在と昔ではニュアンスが異なる。

現代、技術発達のニュアンスは、『改良する』ことに重点を置いている。例えば、ブラウン管テレビ→薄型テレビというものがあてはまるだろう。もちろん、改良するのも意味があり、効率化を目指す発達の側面が大きい。言いかえれば、『知識を活用した発達』と言えるだろう。

それに比べ昔は、元素の周期律の発見など、ノーベル賞ものの『新しい発見』という意味での発達が多かった。『ひらめきを活用した発達』とも表現できる。その「ひらめき不足」な点が想像力欠乏症のわれわれの劣った部分なのかなと思う。ただ、知識を活用した面では現代人が大変勝っていると感じる。

では、欠乏症になった主因はなにか。それは『IT社会の発達』ではないか。その社会下では、調べたいことがすぐ分かってしまい、想像する前に調べ終了する。しかし、これはITの使い方を間違えていると思う。ITの利点はご存じのように、すぐに情報が得られることだ。昔なら図書館で本を借りに行って、索引で調べて、メモって……、とかなり時間がかかったものだった。ただ今なら、検索バーにキーワードを打ち込んで、印刷して終わり。ものすごく時間を短縮できています。そんな節約できた時間がある今だからこそ《想像→結果→結果をもとにまた想像……》のサイクルがしやすい最高の環境ではなかろうか。そこで、この言葉を提言する。

《 今世紀は想像世紀にしよう。 》

ただ想像ばかりでは世の中動かなくなるので、良い想像を実行に移していくことも重要である。

『 PLAN Do See 』

というところだろうか。

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[注釈] ~想像と妄想の違い~ 

岩波書店 広辞苑第五版に準拠)

思いのほかパッと出てこない想像と妄想の的確な意味。これを今一度確認する。

 想像…実際に経験していないことを、こうではないかとおしはかること。(=推量)

妄想…根拠のない主観的な想像や信念。正しくない想念。

このように、想像のほうが現実性を帯びやすいらしい。しかし、この文は『妄想』という看板を背負っているので容易に訂正されることはなく現実性を帯びにくい。( 残念! )

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久々に、ブログ再開。


今回は、あめぶろです。


気が向いたら更新していきます、