詩人の八木重吉は東京・町田生まれの人です(明治三一年・一八九八年、二月九日生まれ)

 神奈川県師範学校から東京高等師範学校に進みます。師範学校時代から鎌倉の教会に通い、タゴールの詩を愛読します。

 二一歳の大正八年洗礼を受けます。内村鑑三の著作に触れ無教会主義の信仰に近づいていきます。

 大正一〇年、兵庫県の御影師範の英語教師として赴任します。大正一四年処女詩集「秋の瞳」を出版します。

 純粋で素朴、そしてわかりやすい言葉でその心を詩にしています。生前はたった一冊の詩集しかだしていません。

 「私は、友が無くては、耐へられぬのです。この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください。」とそのはじめにしるしています。間もなく結核になり、自宅療養しますが、昭和二年敬虔なクリスチャンとして二九歳の短い生涯を終えました。

 登美子夫人は数多くの遺作を大切に保存していました。死後「貧しき信徒」や「八木重吉詩集」、「神を呼ぼう」が刊行され、信仰の詩人として評価されました。

 「不思議」という詩はこんな詩です

 「こころが美しくなると そこいらが 明るく かるげになってくる どんな不思議がうまれても おどろかないとおもえてくる はやく 不思議がうまれればいいなあとおもえてくる」

 八木重吉の生家の敷地内に小さな記念館があります。資料と遺品が展示されています。愛用の聖書や筆書きの詩の原稿、手紙なども保存されています。記念館は水曜日事前予約された方のみに無料開放されています。予約については「八木重吉記念館」ホームページ検索してご覧ください。

 

 

 

 

 この名前を懐かしく思い出したのは、この煙草(HELLENISM)の中にその名前が書かれていたからだ。

 文豪は好んで吸っていたものを忠実に再現したそうで、いがいと軽いので、すっかり好きになってしまった。

 これらのタバコは通販で手に入れたもので、吸ったことの無い物ばかりを買ってみて、それぞれ楽しんでみたけど文豪好みの物が私は気に入っている。

 文豪・開高健がこの世を去って早35年が経とうとしている。

 今日午前中の写真。

 笠雲❕

写真を回転できなくて失礼!

 富士山は秋から冬が美しい。

 色んな所から見る富士はそれぞれ美しいが、今日はこんな感じ
のをパチリ。

 

  真澄の空、遅れた紅葉、河口湖インター手前のあるホテル2階から。

 

 富士ケ嶺の畑は草ばかり。

 愛車をシャンプーしてサッパリした。

 赤い運搬車は収穫物を運ぶためにオークションで手に入れた物。

 草ばかりの畑から運んでくるものはない。

 運搬車に乗っている充電式草刈り機は、満充電で30分しか稼動しないけどそれで私には十分だ。

 

 今日は上九一色コミュニケーションセンターの無料(70才以上)温泉の日なのを思い出し、駆けつけてサッパリ!

 ついにジャガーの走行距離が99,999となった。

 3年前に中古で買ったもので、約9万キロだった。

 ということは、3年間で99,999-90,000=9,999k。

 何しろ快適な車なので、免許返納まで乗り続けるつもりだ。

 クリン草が可憐に咲き始めた。

そして畑にはカブがいくつか…。こんなものでもうれしいものだ。辛い‼

 門々利うどんを食べ終えて富士山を仰ぎ見ると、珍しく放送塔が有り、建物を確認する。
 山梨日々新聞社、山梨放送だった。
 で、パチリ❗

 一段と冷え込むこの頃だが、あの聞きなれた声にふと庭を見ると、雉が!

 その傍らをウサギが駆け抜けていく。

 雉とウサギ。

 子連れのメスはウサギと同じような色だが、オスは美しい!

 

 鹿が来なくなったのは熊笹を刈ったからのようだ。

 久し振りに、シジュウカラが来ている。

 この水盤は昨年凍ってヒビが入ってしまった。


 さて久し振りに温泉に行ってさっぱりするか‼