お久しぶりです!

お久しぶりすぎて忘れてしまった方に私、マチコと申します。ブログ絶賛放置しておりました。。約半年も。。↓

本当にきまぐれで申し訳ございません。。沈←毎度文頭で謝ってばかりですね

さて、この度の更新は昨年より活動に賛同させて頂いている2017年晋作伝プロジェクトの柱である目標の「めざせ高杉晋作の大河ドラマ化!」についてです。
赤梅Facebook 高杉晋作ファンサイトは、Facebookに登録されていない方も閲覧は出来ます。 ご登録されている方はぜひ「いいね!」をポチッと☆お願いします!!赤梅


プロジェクトをまだご存じないお方に。。私たちは、こんな活動をしております☆
【2017年晋作伝プロジェクトとは?/拙ブログ内のリンクに飛びます。】


この度、晋作ファンの皆様からのご意見を募り、大河ドラマ誘致のために山口県さんに提案をしよう!という動きがありまして、この数日でたくさんの方に記事のシェアなど情報を拡散していただいます。

【コチラは晋作伝ツアーでいつもお世話になっている西鉄旅行さんの記事です♪】

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

晋作を主役に「こんなドラマがみたい!」とか、お詳しい方は「晋作の、このエピソードを入れたら面白いんじゃない!?など、みなさまからの貴重なご意見をお待ちしております!!

記事左記事右コチラの記事】
にて、締め切りの7月19日までコメントを受け付けております!!

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

自分自身で感じた大河ドラマの効果は、2004年の「新選組!」の時に京都へ行った際、最初の屯所がおかれた八木家さんに入るのに行列に並んだのを覚えておりますし。←真夏だからめちゃめちゃ暑かったので印象に残っております。。

また、今年の「八重の桜」におきましては、今年1月に行った八重さんたちのお墓がある京都・若王子の同志社墓地の整備(新しい案内板)、や墓参のために山登りをされる方々を自分たち以外にもちらほらお見かけましたし。

4月に行った会津若松では桜の時期と相まって、鶴ヶ城へ向かう車の渋滞や各観光施設の盛り上がりぶりがとにかくスゴかったです!!

そしてこないだみたネットニュースなのですが、

【会津木綿人気急上昇 「八重」も愛用 老舗織元フル回転/福島民報さんより】 

こんな風に、観光以外にも地元の産業の振興にもつながるのです!!←そして私も単衣きものを仕立てました(笑)

大好きな高杉さんのドラマで大好きな山口県が盛り上がるのは私の切なる願いです祈

どうぞご協力宜しくお願いします!!

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

そんな2017年晋作伝プロジェクト、11月にツアーを予定しておりますーー!!

開催地は長崎です!(11月23日(土)・24日(日)の2日間 / 現地集合・解散となっております。)

■■2017年晋作伝プロジェクト■■ [WEB限定プラン]
【龍馬と晋作が愛した町・長崎】 ~ 日本三大遊郭 長崎・丸山 ~ 史跡料亭「花月」でのお座敷遊び 長崎さるくの幕末担当スペシャルガイドによる、晋作&龍馬の史跡をご案内する < さるく2日間 >】


こちらも併せて宜しくお願いしますスキ



【※2012年の過去記事からの抜粋です※】

このオリジナルの志士Tシャツを作ろうとした経緯なのですが、歴史モチーフのTシャツはその人物の写真やイラスト、名前や名言がプリントされているものを見かけますが、店頭で手にとったり、ネットでみていてかっこいいプリントもあったりしてあげぽよ
「いいなぁ・・///」
とは思いつつも、実際に着る場所や機会をその度に考えて。。
「普段から着やすいモチーフの歴史Tがあればもっといいなぁ。。キラキラ
と思っておりました。

その時に、「幕末長州が大好き!」というのがきっかけでお知り合いになった和彩彩の店長さんで手描き友禅職人のきーこさんが手描きTシャツを作成されているのを知り、実際にさんのきーこさんのショップ『和彩彩』さんで奇兵隊Tシャツを購入してみて、
「これは是非ともオリジナルの志士Tシャツを作りたい!!」
と思ったのがはじまりでした。

ずばりコンセプトは「普段でも気軽に着れる、志士をイメージしたTシャツ」です。

デザインのアイディアは、春くらいから歴史友達のみんなからアイディアを頂き、色々と意見交換をしながら、デザインを絞って行きました。
その節は皆さん本っっっ当にお世話になりました。。ハート!!

昨晩とかも、「Tシャツ作ろうぜ!!」って話題が出た時点からのやりとりを、ずーーっと見返していたのですが。。もうなんか。。目頭熱くなりました。。えーん3
やっとここまで来れたのか。。と感無量です!!

種類はこの幕末維新まつりにむけて松陰先生、松門の双璧・高杉晋作、久坂玄瑞の3種類に絞りました。

デザインは着やすさを考えてシンプルめにしたので、パッと見では「誰のイメージ?」と思うかもしれませんが、よく見ると表面はそれぞれの志士をイメージした花や流水模様だったり、背面は家紋とその横に落款をデザインしようという形になりました。

高杉のイメージ花は『』です。
高杉デザインに関しては【梅らぼ】の藤堂梅さんが素敵なねじり梅+流水のデザインをご提供して下さって採用させて頂きました!!梅さん、本当にありがとうございますakn星

そして腕にはふっくらカワイイ鴬がおります。
晋作の絶作になった漢詩「数日来鶯鳴檐前不去 賦此贈鶯 [数日ひさしの前に来て去らない鴬に これを贈る(以下漢文続く。)] 」から表面の梅にも合わせて「鴬」が描かれております。
うしろ首元には高杉家の家紋・丸に武田菱、そして落款は「暢夫」です。

久坂のイメージ花は『』です。
高杉と久坂は「松門の双璧」として、姉妹品(兄弟品?)といいますか、近いデザインでの制作を考えておりましたので、高杉デザインを応用した形できーこさんが素敵な桜模様をアレンジして下さいました!
腕のデザインは桜の春のイメージから「夜桜」→月がいいのでは?ということで、春の季語である「朧月」が描かれております。
うしろ首元には久坂家の家紋・今回は折敷に三の字をセレクトして、落款は「實甫」です。

そして松陰先生のイメージ花。。迷ったんです!
最初は長州・萩イメージで『椿』か『萩』と迷ったのですが。。これも色々と相談した上で『』にしました。
このレイアウトは、私の描いたしょうもなく小汚いラフ画をきーこさんがきれいに描き起こして下さいました。。本当お手数おかけしました。。
腕のデザインはこれは話すと長くなるのですが、留魂録の中で人生を四季に例えたところからのイメージで、「Tシャツ全体に四季いれちゃおっ!!」って事から
萩→秋
流水→夏
。。で残る冬と春を腕のデザインに雪輪(冬)と梅と鴬(春)で表現して頂きました!!
そしてうしろ首元には吉田家の家紋・「五瓜(ごか)に卍」、落款には字。。ではなくお馴染みの号の「松陰」を描いて頂きました。だって松陰先生は松陰先生だもの。。←


いま色々と振り返って、皆さん本当に素敵なアイディアを沢山出して下さって、私一人では到底実現できなかった事がこんな素晴らしい形で実現する事が出来て。。ただただ嬉しさと感動で胸がいっぱいです嬉しいきらハート
またもや一カ月以上も更新を滞らせてしまいました。。沈↓

やる気だけが先行して行動が伴わないとってもよくないパターンです。。涙
本当この怠け根性叩きなおさないと。。っていうのが今年のちょっとした目標でもあります。。

そして、新年あけてしまいましておめでとうございますチラ。。
こんなマイペースブログではございますが、本年も何卒よろしくお願い致します!

本年の年賀状、奈良を拠点に活動をなさっている墨絵作家の月与志さんに功山寺決起の晋作を描いて頂きました薄笑*星*
$マチコの『マチぼうけ。』
こちらに掲載させて頂いたのは碑文入りVer.で、年賀状には新年のあいさつを入れて頂きました☆
まっこと素敵に描いて頂きましたキラキラ
原画共々大事にいたします。。!!


。。さて、12月の下関のお話しがまだまだつづきます。

キックオフミーティング2日目は、『SUPERガイドといく回天義挙祭と高杉晋作を訪ねる旅』というタイトルで下関のスーパーガイド・平松さんのガイド付きでバス&ウォーキングツアーでした。

功山寺の回天義挙祭にあわせて長府へ。
城下町長府を散策しながら長府藩武家長屋(旧西家武家長屋)などを経て、功山寺に。
マチコの『マチぼうけ。』


マチコの『マチぼうけ。』


この日は雪だるま雪の予報の下関、朝から冷たい風と時折細かい雪も降ったり、止んだり。。と、そんな天候の都合で義挙祭は本堂にて行われ、その法要に少しだけ参加させて頂きました。

その後は、七卿の間で平松さんからお公家さん達が功山寺に辿り着いた時の様子や、護衛にあたった奇兵隊士の様子などをご説明頂きました。

外に出て回天義挙像の前で皆さんと写真を撮っていたらちょうど粉雪が吹雪いて素敵な一枚が撮れました!!

$マチコの『マチぼうけ。』

時間帯こそは違うものの、決起の夜の晋作を彷彿させるさせる雪の功山寺。。
ものすごく寒かったのですが(笑)これはとてもよい記念になりましたハート

長府博物館隣の万骨塔も見学。
この万骨塔は、明治維新を中心に国事に奔走した人達の霊を弔うために建てられたものです。
小高い山に大小いろんな石が埋め込まれています。

なかなか目をこらさないと読めない文字もあったりするのですが。。「長府博物館の友の会」に入ると入会時に万骨塔の一覧図を頂けます。←昨春入会した際に頂けました。

↓これ、晋作の。↓
$マチコの『マチぼうけ。』


写真は撮り忘れてしまったんだけど、地元群馬の偉人を探していたら万骨塔にもありました!新島襄さん。
群馬県民なら知らない人はいない(?)であろう「上毛かるた」の「へ」の人です。

「平和の使徒(つかい) 新島襄」

そんなわけで小さいころから名前だけは存じていたものの、何をした人かというのを知ったのはこの数年。。あせあせ
今年の大河ではヒロイン・八重の二番目の夫として(オダギリ)ジョーさんが襄さん!というキャスティングでも話題騒然(!?)、クローズアップされますよね!

実はこの週末を使って京都へ行くのですが、その中でも新島旧邸に見学へ行く予定でおりますすまいる
【もし新島旧邸に見学希望の方は事前予約が必要ですよ☆ →同志社さんの新島旧邸見学予約申込ページ 】

長府を後に、唐戸市場で昼食をとって午後は新地でウォーキングツアーでした。

了円寺。
功山寺で決起をした晋作らが立てこもったお寺。
柱についた刀傷も見せて頂きました。
マチコの『マチぼうけ。』


墓地には奇兵隊士の墓が。

マチコの『マチぼうけ。』

マチコの『マチぼうけ。』

墓石には、元号が慶応(=15代将軍・慶喜に応じろ、を意味するから)は長州では慶応は使わずに、元治三年(慶応だと二年)と彫られています。


続いて桜山神社(招魂場)。
$マチコの『マチぼうけ。』

宮司さんの御厚意でご説明および特別な時にのみ公開される木彫りの晋作像を見せて頂きました。
何度かお伺いしている安心感からか、うっかり写真を撮り忘れてしまい(爆)、以前行った際(一昨年の2月)の招魂場の様子の写真を載せます。。
$マチコの『マチぼうけ。』


続いて高杉晋作療養之地。
結核の治療をするために住んでいた、かつてここにあった小屋を「東行庵/または捫虱所(処?)もんしつしょ」といいました。
またもやうっかり写真を撮り忘れてしまい(最終日で疲れていたのかな;)一昨年の写真を載せます。。あせあせ

$マチコの『マチぼうけ。』


続いて厳島神社。
ここには小倉戦争の戦利品、小倉城から持ち帰った大太鼓があります。
$マチコの『マチぼうけ。』

この厳島神社さんにはお土産におススメ「晋作勝守」なるものもありますよ♪(赤と紫(紺だっけ?)の2色選べます。)
この厳島神社前には、晋作が決起後すぐに襲撃・占拠をした『萩藩新地会所跡』もありますよ!

続いて高杉晋作終焉之地(林算九郎宅跡)。
ここでは晋作の命日に毎年「碑前祭」という法要が行われるそうです。
$マチコの『マチぼうけ。』

続いて映画セットのような古き良き昭和の雰囲気ぷんぷんの町中を歩き辿り着いたのがこのトタン壁のお宅。
$マチコの『マチぼうけ。』
ちょっと窓の横が屋根型に区切られたような跡(分かりづらいので黄色い線を描きました。)がありますが、どうやらこの隣にあった(現在は空き地。)家の中二階(?)に晋作とおうのさんが潜伏していたとの事。。!
平松さんのガイドだからこそこんなディープな情報も知ることができましたすまいる

つづいてはひょうたん井戸。
$マチコの『マチぼうけ。』

ここは見つけずらいです。。!
一昨年、一人旅をした時に井戸を見つけようとこの近辺迷いに迷って見つけた記憶が(笑)
ここに俗論派の追っ手から逃れた晋作が潜んでいて、ここに長時間隠れていた事が祟って肺結核に。。って話もあるみたいです。

つづいては「関屋松兵衛旧宅跡」
$マチコの『マチぼうけ。』

若かりし頃の松陰先生が海防の視察に訪れ、そしてこの関屋さんに泊まったらしいです。
松陰先生はここでのおもてなしに、「赤間関商人の意気込みと生活感に驚いたと」回顧した。。と看板に書かれていました。
ちょっと振り返ると小高い山?丘?があるのですが、松陰先生はここにのぼって視察もされていたというご説明を頂きました。
↓その小高いトコ。↓
$マチコの『マチぼうけ。』


つづいては伊崎町。
時代は遡りますが、源平の合戦の最終決戦の地の壇ノ浦の戦いで敗れ、滅びた平家。
この壇ノ浦で幼い安徳天皇は二位の尼に抱きかかえられ入水、崩御という悲しい最期を迎えるのですが、翌日にこの伊崎町の漁師さんの網に安徳天皇の遺体がかかり引き揚げられたとのこと。
現在も毎年5月の頭に行われる『先帝祭』の上臈道中・上臈参拝の折に先導役をするのはこの漁師のご子孫?の中島家の方たちだそうです。
下関の伝統芸能/先帝祭 上臈道中・上臈参拝



そして最後は奇兵隊結成の地・白石正一郎宅跡。
マチコの『マチぼうけ。』
1863年6月7日、この地で奇兵隊は結成されました。開闢総督といえば勿論高杉晋作。
今年で結成150年、山口県さんはどんな企画を用意してくれるのでしょうか。。とても期待しておりますsei!!