子供時代の娯楽についてふと思い出してしまったので整理しようと思います。
はっきり申し上げますと、母はJW信者です。故に、家には聖書と協会が発行する出版物がありました。それと少量の絵本。それが、幼少の私の娯楽の全てでした。というよりも、絵本以外はそれしかないので手をつけざるをえなかったという方が正しいかもしれません。
ご存知の方もいるかもしれませんが、JWは基本的には娯楽やその他の、子供が経験して然るべきものはほぼ禁止されています。テレビ、漫画、ゲームといった娯楽はさせてもらえませんでした。母親がいる場所でテレビをつけると、すぐに鬼の形相でやってきて主電源ごと切られたり、コンセントを抜かれたことも何度もあります。
漫画やゲームなども買い与えられた記憶はありません。
小学校に入学した時、教科書が配られました。私にとっての娯楽書が増えた瞬間でした。国語の教科書、道徳の教科書、載っている物語をキラキラとした目で読みました。一度読み終わり、また読み始め、何度も何度も繰り返し読んで、配られた端から読破していったのを覚えています。自分の教科書だけでは足らなかったので、兄弟の教科書も読み漁りました。時々自分の教科書とは違う話が載っているのです。素晴らしいことでした。
毎年4月に教科書が配られるのがとても楽しみでした。当然、そんな価値観周囲の子とは合わなかったので孤立しましたが、そんなことは些細な事でした。元々人見知りがあったのと、家で家族に対して常に気を張っていたので学校で人と関わりたくなかったのもあります。
何度も自分の母親が信者じゃなかったら…という妄想を繰り返しました。父親と母親が離婚して父親についていって暮らす…という夢物語も何度も考えました。いつ離婚してくれるかな、と。
小学校の時、習い事や部活動は集会に行く体力が無くなるからと禁止されました。友達の家に遊びに行くのも、集会がある日は禁止でした。たまに遊びに出かけても、ゲームをしたい子とはニーズが合わず、結局ゲームをやるその子をずっと眺めていました。
恐らく、学校の休み時間に図書室で本を読んでいる時が一番楽しかったと思います。6年間図書室に通いました。家で読めるものは聖書と教科書と絵本のみでしたので、図書室の時間はとても貴重でした。
もっとたくさんやりたい事があった。子供らしく友達と同じ話題ではしゃぎたかった。昨日見たアニメの話もしてみたかったし、同じゲームで遊びたかった。ピアノの習い事もしてみたかった。合唱部に入りたかった。ガシャポンやユーフォーキャッチャーで遊びたかった。私がやりたかったと後悔している事はこれから先2度と叶うことがありません。今やるのでは違うのです。子供時代の思い出は一生ものだと思います。もっと娯楽を楽しみたかった。それをできる力はあったのに、環境が許さなかったから諦めがつかなかったのでしょうね。