ボホール放浪者の物語
第3話 エロイの海
ホッピングツアーを終えて戻った港は静かだった。
マチャはバンカボートを拭いていて、エロイは木箱に腰かけて靴ひもをほどいていた。
「今日、俺、すごく上手くやったでしょ?」
「そうだな。お客さんも喜んでた。」
エロイはしばらく黙っていた。
やがて、恐る恐る尋ねた。
「兄ちゃん、本当に息子がいるの?」
マチャは手を止めた。
風が一度、静かに吹き抜けた。
「いたよ。ずっと昔にな。」
「今は?」
「わからない。」
エロイはうなずいた。
何か言いたげだったが、口を閉ざした。
その日の夕方、マチャはいつもより遅くまでドゥマルアン・ビーチに残っていた。
波は静かに砂の上で呼吸していた。
エロイが無言で帰っていったことが、どこか心に引っかかっていた。
いつもはおしゃべりな子が、あれほど静かだったのは初めてだった。
翌朝、エロイは現れなかった。
一日、二日、三日経っても、マチャは黙って待っていた。
目はカリパヤンの入口を見つめ、耳は遠くから聞こえる少年の声を探していた。
五日目の朝、マチャはエロイを探しに村の奥へと入っていった。
サワン村は相変わらず静かで、エロイの家は小さな掘っ立て小屋の下にあった。
ドアは半分開いていた。
「エロイ、いるか?」
返事はなかった。
ドアを開けて中に入ると、小さな部屋にエロイが座っていた。
その隣には、やせ細った女性が横たわっていた。
彼女は浅く、短い呼吸を繰り返していた。
「兄ちゃん…」
「母さん、具合が悪いんだ。もう何日も何も食べてない。」
マチャは黙って部屋に入った。
女性の顔には見覚えがあった。観光地の近くで貝のネックレスを売っていたあの女性だった。
マチャは水を汲んで、そっと彼女の口元へ持っていった。
彼女は微かにうなずき、ゆっくりと水を飲み込んだ。
「病院には?」
「お金がないんです…」
エロイの声は震えていた。
マチャは短くうなずいた。
その夜、マチャはドミンゴ・カフェ近くの知人を訪ねた。
古いスクーターを借りた。
翌朝早く、エロイの母親を乗せて、タグビラランの小さなクリニックへ向かった。
静かな診察室。
医師はカルテを見て、静かに診断を告げた。
「急性肺炎ですね。栄養状態もよくありません。回復には時間がかかります。入院は難しいですが、薬は処方できます。」
マチャは黙ってうなずいた。
薬局の前で処方箋を手に並びながら、独り言のように呟いた。
「これが…また誰かを気遣う方法かもしれないな。」
その夜。
日が沈む浜辺で、エロイがマチャの隣に座った。
「兄ちゃん、俺、本気でガイドになりたい。兄ちゃんみたいに。」
マチャは顔を向けた。
「俺みたいに?」
「一人でいるのも好きだし、静かに歩くのも好き。そして、誰かを守ることも。」
マチャは答えられなかった。
ただ少年の目を見つめた。
ずっと昔、自分がしていた眼差しが思い出された。
「エロイ。」
「うん?」
「これから、一緒にホッピングツアーに出て、お客さんを呼び込むボートマンになろう。」
エロイはうなずいて、小さく笑った。
とても小さな、でも深い笑みだった。
