数日ぶりに雪 | まちゃぼふの小部屋;掌の上で愛でるもの

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身の回りに集まってきた、いろいろなものをご紹介します
***ロシアもの,紙もの,ミニカー,プラモデルetc***
日常の出来事なども織り交ぜながら

東北地方太平洋沖地震と当初は言ってたんだよね、東日本大震災。


先週の「NHKスペシャル」はよかった。
特に、被災した人々が撮ったビデオ、写真を中心にした番組と
原発マネーの番組

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あの時は知人の携帯電話が聞き慣れない音をたてて鳴った。
画面を見て知人が「緊急地震速報だって」と言って、携帯を折りたたんだとたん、
グラグラグラっと。

そういえば、その二日前、9日の正午頃にも、割と大きな地震があった。
予兆だったんだろうな。

揺れが5分ほど続き、収まったあと、とりあえず情報をとTVに
手を伸ばしたら停電。
夕方、高校生の娘を迎えに行った。約20Km、車で30分ほど。
最初は「電車で帰る」と言ってたけれど停電だし、メールも通じ無くなったし。
信号は殆どが止まってた。普段は鬱陶しいと思ってたけど、その時は
事故が起きないか不安だった。(今は、またちょっと鬱陶しく感じる、ゴメン^-^;;)
スーパーは皆、閉まってた。コンビニは、真っ暗な中やってたみたい。
ラジオでは色んな国の言葉で注意を繰り返し呼びかけてた。
高校に着き、待ってる間も余震は頻繁に起き、電柱がゆさゆさ揺れるのが
不気味だった。娘の他、彼女の友達二人を乗せての帰路、雪がもさもさ降ってきた。
次の日は晴天で、みんな溶けたが、とにかくかなり積もった。
街灯も消えてて、ことのほか暗く感じた。
帰った時には、真っ暗で、家族は懐中電灯でしのいでいた。
石油ストーブがあったのと、ガスはプロパン、水道も使えたので
その点は良かった。キャンプ道具も一通り持ってたので、白灯油使用の
2マントルランタン、灯油ランプ、電池式ランプをフル活用しご飯もキャンプに
使う鍋で炊いた。
情報はラジオのみで、今思えば、カーナビで見ればなぁ、と考えるがその時は
思いつかなかった。で、以前にも書いたが、ラジオで「陸前高田が壊滅状態」
とか言ってるけど、一体、何を言ってるの?という感じだった。

そのあとのことは後ほど、機会があれば・・・

3.11から1年 
3月14日撮影・・・の筈だけど、信号も点いてない、からもっと前か?
駅から2,3キロの高架で止まった「こまち」