部落民等にとって住みやすい新しいまちづくり。



それは従来のまちづくりとなにが異なっているのか。



まちづくりのベースになる住民の基本的な生活が違う。


さらに、基本的な生活の上に成り立つ、地域独自の特色というものも違う。



まちの特色といえば、たとえばその地域の地場産業であるとか、観光資源であるとか、そういったものがあげられ、それに基づいて住民の職業や社会活動が定まっている。



部落民のまちをつくっていくうえで、こういった地域の特色というものを現時点では定めることができない。


というより、荒廃した土地の跡地につくるわけであるから、基本的には地域資源というものは失われている。




たとえば、被災した土地を、普通に復興していこうとした場合、まずは、この地域資源を復活させる必要がある。


住民の社会活動のよりどころとなる地場産業や観光資源などを復活させたり新しく投入しなくてはいけない。



部落民のまちをつくる場合、このことが必要ないんである。




たとえば災害の被災地以外に、こういったことに取り組める場所にはどういったところがあるか。



土壌が汚染された工場跡地や、荒廃した大規模団地の跡地などがあげられる。



こういった場所も、地域資源がほぼ失われてしまっている。




そして、仮に、地域資源のない土地に部落民のまちをつくるとして、彼らはそこでなにか社会的な活動ができるのか。



そこに住みながら、従来どおりの仕事をしていくことになるのか。



やはり、そこを考えずにまちをつくっていくことはできないのではないか。





しかし、一般的なまちづくりに投入される地域資源は、彼らには不要である。



では、なにをそこに投入していけばいいのか。




彼らのまちに何があれば、彼らは自分たちの人生を、自分たちらしく生きていくことができるのか。




そこを考えていかなくてはいけない。



そこを自分たちで考えることが、住民参加のまちづくりということであろう。




地域資源の失われた荒廃した土地に、なにを投入して自分たちのまちをつくっていきたいのか。



それは、そこに住む部落民が自身でも考えていくべきである。