
明らかに前にテレビで見た覚えのある布団バタバタ迷惑おばさんをモチーフにしているが、それにが与えた印象に安易に溺れることへの対する批判が作品になっている。
アパートに新しく越してきた作家兼主婦がただでさえ娘が小さくて手がかかるのに夫はまるで協力してくれず、さらに作品は採用されないという公私ともに絶不調なところに、隣に早朝というより未明からバタバタ布団を叩いているのを悩まされる前半は、まあイライラさせられて隣のおばさんだけでなく映画そのものまで反発の対象になりそうになる。
そこから語りも視点も一転して、人も出来事も見かけによらないのがわかる転調が鮮やかで、曲がったキュウリも味は変わらないのに簡単に排除するおかしさが象徴的に示すように、マスメディアもネットメディアもいかに安直にひとつのイメージで決めつけて、それ以外のノイズは切り捨ててしまうおかしさを鮮やかに見せる。
アパートに新しく越してきた作家兼主婦がただでさえ娘が小さくて手がかかるのに夫はまるで協力してくれず、さらに作品は採用されないという公私ともに絶不調なところに、隣に早朝というより未明からバタバタ布団を叩いているのを悩まされる前半は、まあイライラさせられて隣のおばさんだけでなく映画そのものまで反発の対象になりそうになる。
そこから語りも視点も一転して、人も出来事も見かけによらないのがわかる転調が鮮やかで、曲がったキュウリも味は変わらないのに簡単に排除するおかしさが象徴的に示すように、マスメディアもネットメディアもいかに安直にひとつのイメージで決めつけて、それ以外のノイズは切り捨ててしまうおかしさを鮮やかに見せる。
細かいところをいうと、出だしでは重要になりそうだった夫の家事育児に対する無関心が後半になるとウヤムヤになってしまったり、あの落書きあの後どうしたのだろうとか、前半と後半で繰り返される同じ行為がもともとセリフやしぐさなど違うテイクになっているみたいなのはいいのか、とか、あの病気の扱いいいのか、とか、マスメディアやネットメディアの描写がいかにも型通り(パターンの拡大再生産装置だからには違いないが)、とかいろいろ気になるのだが、大もとのところでは外していない。
製作委員会方式で作られているのだが、参加している会社がふたつだけ。正直そんなに製作費かかっている感じではなく、いわゆるメジャーと自主製作の間みたいなところでかなり尖った作りをしているのは歓迎したいところ。
ダブル主演といっていい篠原ゆき子と大高洋子、ともに好演。