
「ヒッチコック/トリュフォー」にあるトリュフォーの発言で、最初から最後までワンカットという映画はすべての映画監督の夢想だろうというのがあるのだが、デジタルカメラの発達で技術的には素人でもただワンカット長回しだけだったらできるようになってある意味ありがたみが薄れた。
これは全編ワンカットでこそないが、ほとんど一人称で通しているからワンカットに近い。その上で飛び降りたり殴り合ったり銃撃を演じたりとあらゆるアクションをこなす、その仕掛けの凝り方が見もの。
ただ初めのうちはおお凄い凄いと目を見晴らされる思いで見ていたのだが、それがずうっと続くとどんなに凄くても、というより凄いからこそだんだん飽きてくる。
一種シューティングゲームの画面がずうっと続くのに近いが、困ったことにシューティングゲームだったら自分で操作できるから飽きないが、ただ見せられるだけだと生理的にきつい。
ヒッチコックの全編長回しで通すのは結局愚かな芸当で、映画というのはやはりカット割りが基本だという発言に帰ってくるのだろう。
それとやはりトリュフォーを引用すると、感情移入できる人間っていうのは視線を共有するキャラクターではなくて観客と視線が交錯するキャラクターだということになるのだが、実際顔も知らない相手に感情移入するのは難しい。
感情移入できなくてもいい作りというのもあるが、この場合はずうっと一体化して動き回るのだからそういうわけでもない。
(☆☆☆★)
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