女川からは、同じ経路で戻ります、バスや電車の座る場所を変えてなるべく違う風景をみます。
往路は海側を見て、復路は山側を見ました。
代行バスのルートでは、どちらも厳しいものでしたが、山側は津波が直接当たって破壊された側が見えるので、なおさら辛いものでした。
実は私も伊勢湾台風の被災者で、自宅は名古屋市で水死者の被害の大きかった南区にありました。まだ、ものごころがついていない頃なので、何も覚えてはいませんが、親からは、家を立てる時は絶対水のこない所に建てろと、聞かされていました。
家には、高潮でやられた家から探し出した、親が新婚で揃えた食器の一部がありましたし、私の赤ちゃんの頃の写真は、海水に浸かったアルバムから回収して洗ったものでした。
ボランティアの方が、写真や思い出の品を回収する活動をされていると聞くと、協力したいと思いましたが、東北は遠過ぎました。
いつか何らかの活動に協力できたらと、思います。
iPhoneからの投稿
往路は海側を見て、復路は山側を見ました。
代行バスのルートでは、どちらも厳しいものでしたが、山側は津波が直接当たって破壊された側が見えるので、なおさら辛いものでした。
実は私も伊勢湾台風の被災者で、自宅は名古屋市で水死者の被害の大きかった南区にありました。まだ、ものごころがついていない頃なので、何も覚えてはいませんが、親からは、家を立てる時は絶対水のこない所に建てろと、聞かされていました。
家には、高潮でやられた家から探し出した、親が新婚で揃えた食器の一部がありましたし、私の赤ちゃんの頃の写真は、海水に浸かったアルバムから回収して洗ったものでした。
ボランティアの方が、写真や思い出の品を回収する活動をされていると聞くと、協力したいと思いましたが、東北は遠過ぎました。
いつか何らかの活動に協力できたらと、思います。
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