【日ごとの糧】(ローズンゲンによる)
2026年1月24日
ヤコブの子らは、昔のようになり
その集いは、わたしの前に固く立てられる。
彼らを苦しめるものにわたしは報いる。
(エレミヤ書30章20節)
使徒や預言者という土台の上に建てられています。
そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり
( エフェソの信徒への手紙2章20節)
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「その集いは、わたしの前に固く立てられる。」
「かなめ石はキリスト・イエス御自身」
私たちは自分の生き方や信仰について、どういう土台の上に
それを立ち上げているか時々吟味する必要があります。
一般的には学歴や職歴、あるいは家柄や親の影響力とか
自分の努力して作り上げた社会的な影響力とか・・いろいろな
ものを土台にして自分の人生を建てあげようとしています。
聖書は「神ご自身」が私たちの生き方を支え、イエス様ご自身が
私たちの人生の土台として建てあげさせてくださることを教えています。
つまり、神様を信頼し、聖書の言葉を吟味し、イエス・キリストを信頼し
イエス・キリストの中に自分の人生を建てあげて行く時、自分の力や
影響力を超えた「堅固な土台」が据えられていることに気付かされます。
そして、自分の中に、ことさらに誇るものはないとしても、まったく
心配せずイエス様の愛の中に自分をお任せして生きられます。
宗教改革者ルターは「神は我がやぐら」という曲を書きましたが
そこにあるのは「規則や掟に縛られた律法主義や免罪符による救いではなく
恵みによって神の赦しと救いがもたらされ、それこそが土台なのだ」という
信仰姿勢です。
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歌は
「愛の主なるイエス様」
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