前回のブログの続きです。
とっても落ち込んでいた私でしたが、
今はだいぶ落ち着いています。
前回のブログの答え?というか、なぜ私が落ち込んでいたのか、いっぱいいっぱいになって今にも涙がこぼれそうな毎日を過ごしていたか。
理由は探せば探すだけ、たくさん見当たりました。
しかし簡単にいうとそれは私が
☆私の頑張りを周りが認めてくれない
☆私には何の能力もないだめな人間だ
と思っていたからかもしれません。
なんだ、よくあることだ、そんなことかと思われるかもしれませんが、その内容や程度、種類は人によって違います。
私は落ち込んでいた時、何気なくいつものようにピクシブで画像をみたり、動画を見たり音楽を聴いたりしていました。
そうすると、正直私の普段描いている絵がどんなにひどいものなのか悲観にくれてしまっていました。
コピックやペンタブや自分用のパソコンがあればこんな絵だって描けるのになんてひとりでひそかに意地をはっていたりしました。
しかし、習い事の先生に私の絵を描いてあげたら先生は本当に嬉しそうに「かわいいわね」と言ってくださり、他の人に見せ、私の描いた絵をポストカードにして欲しいという人が何人もいることが分かり、ポストカードを売って欲しいとまで言ってくださったのです。
先生の言葉には少しお世辞が入っていたとは思いますが、私の絵が好きで、私じゃなくては描けないものがあるのだと思えたとき、すごくほっとしました。
((自慢かよ、って思った方、すみません(*_*)
次の文章を続けるのに必要な例なのです。
これはあくまでも私の例ですが、誰にでもきっと
その人にしか出来ないもの
があると思います。
気づいていないだけで、実は誰かを笑顔にできる素晴らしいことができるのではないかと思います。
落ち込んでいるときは本当にもうどこかにいなくなりたいと思ったこともありましたが、
自分は必要とされている
自分の居場所はここにある
という意識が、生きていく活力になっているんだ、と気づかせてくれた経験でした。
でも、たまにはまた落ち込むこともあるんだろうな…笑
その時に「私は落ち込んでいるんだ」と言える場所って大事だと思います。
つらい気持ちがたまったら、だれかに言うとスッキリするといっていた友達もいました。
でも私はその気持ちをだれかに言うことは変なプライドや、言ったら幻滅されてしまうかもという気持ちが邪魔して言い出せません。
そこで私は「ここ」を利用しているのです。なるべく知っている人のいないアカウントのブログやツイッターです。知っている人には見せたくないこと、だけどだれかに知っていて欲しいという気持ちがあります。
コメントを下さる方、コメントはしなくても目を通して見てくれる方、私にはもちろんどんな人がどんな気持ちで読んで下さっているのか、直接見ることは出来ません。
だからこそ素敵な場所なのではないでしょうか。
かっこつけなくていいし、本当に言いたいことが言えたりしますし…
…うわあ、なんか長くなっちゃいましたm(__)m
最後まで読んで下さってありがとうございました(´・ω・`)/~~