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政策やお金の流れなどに透明性を求めることは、一体どれくらい必要なのだろう。
透明性が増すほど、政策はやりにくくなる気がするけど、透明性が増して本当に透明になったところで、マスコミや民間人は満足するわけもないし、その物事の一片だけが見えるだけで、その物 の持つ真意や副次的な効果まで理解できるのは、ほんの一握りだと思う。
逆に透明になればなるほど民及び素人は、見た目のグロテスクさに発狂するだけだろう。
でも透明性を求めないなら、思考停止するということ。監視をしないということ。
私は、思考停止でもいい。委ねてもいい。どんな政府でも自由にやって欲しい。
それこそが一番の近道だから。
透明性なんていらない。
昨年は
この国の政治制度がいかにダメなのかが広く世に知れ渡った年だったように思う。
特には決定力がなく、優柔不断であること。
先見性がなく、すべてが後手になっていること。
著しく独裁力(リーダーシップ)に欠け、意見が多角化し過ぎて、方向性が定められないこと。
優先順位を決められず、行動が鈍くて遅いこと。
専門的知識に乏しいこと(担当大臣でも)。
365日で改善してもらいたい。
この国の政治制度がいかにダメなのかが広く世に知れ渡った年だったように思う。
特には決定力がなく、優柔不断であること。
先見性がなく、すべてが後手になっていること。
著しく独裁力(リーダーシップ)に欠け、意見が多角化し過ぎて、方向性が定められないこと。
優先順位を決められず、行動が鈍くて遅いこと。
専門的知識に乏しいこと(担当大臣でも)。
365日で改善してもらいたい。