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政治学者の白井聡さんと哲学者の國分功一郎さんの対談記事を読みました。

お題は『天皇のお言葉に秘められた「烈しさ」を読む』

白井聡さんは最近『国体論  菊と星条旗」という本を書いております。また以前『永続敗戦論』という本もお出しになっている新進気鋭の政治学者です。

対談では、2年前の8月に発表された天皇の「お言葉」について語られております。

白井さんは天皇陛下がお言葉を述べる映像を見聞きし、その中に「烈しさ」を感じたといいます。

ちょっと長いのですが、天皇陛下のお言葉に対する白井さんの思いが語られている箇所を引用します。


「今上天皇はお言葉の中でも強調していたように、「象徴としての役割」を果たすことに全力を尽くしてきたと思います。ここで言う象徴とは、「国民統合の象徴」を意味します。天皇は何度も沖縄を訪問していますが、それは沖縄が国民統合が最も脆弱化している場所であり、永続敗戦レジームによる国民統合の矛盾を押しつけられた場所だからでしょう。

沖縄の問題ひとつとっても、なぜ今日、国民統合の危機が深刻化しているのかを突き詰めると、特殊な対米従属の問題、つまり戦後の国体がアメリカを頂点にいただくものになったことによる歪みの問題に行き着きます。

天皇はこうした状況全般に対する強い危機感を抱き、この危機を乗り越えるべく闘ってきた。そうした姿に共感と敬意を私は覚えます。天皇が人間として立派なことをやり、考え抜かれた言葉を投げ掛けた。1人の人間がこれだけ頑張っているのに、誰もそれに応えないというのではあまりにも気の毒です。お言葉を否定するならそれも1つの考え方です。しかし、その根拠として挙げられたもののうち、お言葉よりも強力に心を動かすものは、私には見当たらない。」


戦後、象徴天皇としての役割を一人で考え続けてきた今上天皇。


世界でたった一人しか存在しない天皇という名を授けられた人間。ロールモデルとなる先人が存在しない、まさに唯一無二の存在。それでいて、日本国憲法に定められている以上、公に政治的な発言をすることは許されておらず。


今回のお二人の対談を読んで、改めて2年前に出された「お言葉」を読み直しました。


白井さんがおっしゃっているように、そこには確かに天皇陛下の「烈しさ」が表れていると自分も感じることができました。

その部分を「お言葉」の中から引用したいと思います。


「私が天皇の位についてから,ほぼ28年,このかん私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共におこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井しせいの人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。」


ちょうどいま天皇皇后両陛下は北海道の利尻島を訪問されております。

障害者の方たちが協力して農作物を生産・出荷されている場所などを訪問されたというニュース映像を見て、「あぁ、天皇皇后両陛下はほんとうにさまざまな人たちのことを思っていてくださるのだな」と安心感を得ることができました。