子宮や子宮けい部、


乳癌の一年検診の時期で、


子宮けい部や子宮体癌の検査は異常なしでクリアーしました。

相談していた、生理が月に二回くることは。


子宮癌でもポリープがあるわけでもないから。


ホルモンのバランスによる、生理が月に二回きていることが考えられるとのことでした。


ピルとか、女性ホルモンの補充もできますが・・・

とのことでしたが。


私は女性ホルモン陽性の癌をしているので・・・


と答えたら。


でしたら、生理を止める治療をしましょうか…でも更年期が強く出るかもしれません。


と返答があったので。


もう無理に生理をとめるとか、ホルモンの治療で子宮の心配をするのが嫌だったので、


漢方をくださいと答えました。


そして、

とうきしゃくやくさんが出ました。


この薬を数週間飲んでいたら。


今月は正確な日に生理がきて、毎月苦戦していた乳腺症が、いつもよりは痛くなく、


腫るのも、軽減しました。




乳癌の検査では、引っ越したので新しい病院での検査です。


その先生は、まだ生理ある?と聞いて。


リスクから言ったら。


ホルモンの治療は五年ではなく、10年続ける方がいいんですよ。

うちの患者さんは5年以上続けている方が多いですよ。


と話していました。


う・・・・ん。良くわかるのですが・・・・

子宮の心配が増えるのも…・不調もなぁと。考えていますとは、

その時は答えられませんでした。



でも明るくて、感じの良い優しい先生で、


検査はサクサクっと組んでくれました。


その検査の一つが昨日でした。


ペットCTと造影剤のCTを昨日してきました。


昨日から生理がきてしまい・・・


胃腸の調子が悪いのと。

お腹がはって、膨れるような痛みがあったので。


少し不安でしたが。


これは生理のせいだ!


と思い。


大好きなおばあちゃんの写真を、検査前まで見つめ、触り。


検査に挑みました。



結果は、来週。


マンモグラフィーと胸のエコーをした後に、


全部の検査結果を聞きます。



前向きに。前向きに。


気持ちに負けず、過ごそうと思います。



娘とのバレエの練習時間。彼女の来月のオーディションに向けての、二人のレッスンをしていると。


そのことすら、忘れられます。


早寝、早起き・・・


イキイキをプラスです。



そう・・・


昨日は、たまたま


母も一年に一度の乳癌検診でした。


母は、腫瘍のサイズも変わっていないし、形も変わっていないから。


大丈夫です。


また一年後に検査しましょう!と言われたそうです。



そこで、母は、


また一年、

このしこりが癌に変わったらどうしようと思って、

このしこりを持って、一年過ごすのは、もう嫌だから。


先生、このしこりを取ってくれないかしら?と相談したそうです。



そしたら、先生は悪性ではないものは取れないよ。


大丈夫。経過観察は続けていきましょうと、言われたそうです。



母の気持ちがよくわかります。


私は、しこりを見つけたら、


即とった方がいい!と自らの体験から、弟や旦那さんにも、


脂肪腫瘍すら、取ってもらいました。


なるかも・・・なんて思いながらは、


気が重いです。


形成外科とか、セカンドオピニオンとかで、


そういうものを取ってくれるところがないか、


母のために、調べてあげようかなと考えています。



離れた場所で、たまたま検診の日が重なるなんて、不思議な気持ちです。


母は、自分の検査が終了したら・・・


なんと電車にのって、私に会いに来ました。



そういうのって・・・


本当に母は私に依存があるのかな・・・とか。母なりの愛情なんだな・・・


と思って。


一緒にお寿司を食べて。

その日は、おごりました♪♪♪


そして、健康に良さそうなお茶を探していたから、ゴボウ茶をプレゼントしました。


マッサージも予約してあげようかなと思ったら。


それは拒否されたので、


そのあとは、お茶をして帰りました。


共に元気でいたいなぁと思いました。


今日は二カ月に一度の診療内科の日でした。


いちごさん最近忙しい?  


と聞かれて。


体が重苦しくて、頭痛がするから、動作が遅くて、能率が悪いんだよなぁ・・・


と思いながらも。


目の前の先生を見てたら、先生に比べたら。


全然忙しいなんて、言えるレベルではない・・・


と考えてたら。


いちごさん、答えるのに時間がかかりますね。

と言ったので。


脱力がひどくて、

能率が悪いけど。


しゃきしゃき元気に動ければ。


そんなに忙しくないんだと思います。


でも、先生に比べたら、


私なんて、忙しいとか、大変とはいえないなぁと思ってと答えたら。



先生が、いちごさんは自分に対する劣等感が強くて。


いつも自分が人から劣っていると思いこんでいるし。


人の目から見た自分や、人のことを気にしすぎていますね。


いいんですよ。


もっと自分中心に考えて。


自分のいい事を5個言ってみてください。


・・・と言われて。

またまた、すぐに浮かんでこなくて・・・・


やっと出てきたのが。

小さい時に良くあいさつができる子だと、大人から言われていました。


小さい時に愛嬌の良い子だと言われていました。


良く笑うといわれています。


いつも笑顔だねと言われています。


・・・そこで、終わってしまいました。


子供のころから、家の中でほめられた事がなかったし。


働いてた頃は、


患者さんに、優しいねと言ってもらえたり、いつも笑顔だねと言われたり。


一日中良く動いてるねとか、仕事のことでほめてもらったりはあったんですけど。


最近は、一日一日が必死で、


物忘れや、しっかりしてないこと、天然ボケ炸裂で・・・・・


本当に自分はしっかりしてないなぁと思って暮らしています。


そのくせ・・・


直感や物を感じる力だけは強くて。

知覚過敏症です。


頭が休まっていない感じです。



自分のいいところを五つ言うのに、沢山の時間をかけて、4つしか言えませんでした。


先生は


時間がかかりますね・・・・


もっと自信を持って下さい。


イチゴさんにはいいところがもっとありますよ。


だるい時にちゃんとしなきゃと無理に思う必要はないです。


明日に回したっていいんですよ♪


自分で追い込む必要はないです。


自分で、緊張する方向に持っていっているから、

緊張が解けなくて、疲れるんですよ。


そして、あちこちが過敏症となって、あらわれてくるんです。


次回の診察までに、5つ、自分のいいところを考えてきてくださいね♪


もっと自信をもって、どうどうとね。


堂々としていいんですよ♪


何か不安なことは?


定期検査のたびに、不安です・・・


と答えたら。

それはね、私だって、みんなだって、不安ですよ。

誰だって不安です。


心配なことの95パーセントは、起こらない事が多いです。


だから、心配も損です。


これも自分を緊張に追い込まないようにね。

と優しい笑顔で、

診察を終えました。



その帰り道。

自分のいい事探しをしながら、歩きました。


・・・・嘘をつかないこと・・・・


お人よし・・・・・


と考えて歩いていると。


ふと、思いつきました。


そうだ。


最近、ポケットしている娘に対して。

厳しく、どうしてできないの?を、


連発していました。


それは、朝の準備がのろのろなこと。

お勉強のこと、片付けや、バレエのことです。



駄目な部分は私そっくりなんですけど。


叱りながらも、最後はほめたり、笑い話をしたり、


世界で一番大切だよ!と話してから、寝せていましたが・・・・・・・


もっと、

娘の得意なこと。


好きなこと。


を中心に、具体的に良い点を伝えていなかった。


と思いつきました。


娘が学校から帰宅したら、5つ、

娘の良い点を伝えよう!と思いました。


そして、娘が帰ってきたので、


姫ちゃんのいい点を言おうと思うんだけど。

何だと思う?と聞いてみました。


そしたら。


バレエの5番がきれいなこと。バレエのプリエが得意なこと。


と答え始めたので。


今回はバレエじゃなくて。


姫ちゃんの、いい点だよ♪と答えて。


折り紙が上手なこと。


絵の色塗りが姫にしかない、色合わせで虹色みたいにきれいで素敵なこと。


ママが落ち込んでいると、笑わせてくれたり、

励ましてくれたり、手作りのおまもりを作ってくれること。


笑顔がかわいいこと。


トランプが強い事。


本読みが上手なこと。


と伝えたら、表情がキラキラキラと輝き、ほっぺが上がって、


すごく嬉しそうな顔をしました。


そうです。

分かっていてくれる、認めてくれる人がいる。


自信を持てる事は、嬉しい事なんだなと思いました。


これを寝る前にも、同じことを伝えました。


そしたら、手を握ってきて、嬉しそうに、バレエもがんばる♪


姫は算数も得意なんだよ♪とか話しながら、


寝ました。


私は、私にも娘にも自信をつけなきゃなぁと思いました。


私も立て直し。


娘にも、見てるよ♪分かってるよ♪という愛をプレゼントしな伽と思いました。



ほかの人の目は気にせず、


自分でよいと思う道を選択して、動いてみよう!と思いました。


娘も私も劣等感と感じずに、すすんでいきたいと思いました。


毎日、寝る前、学校に行く時に、彼女の良い点を伝え続けようと、思います♪


社会に出て、厳しいことが沢山あっても、


ママは味方♪

分かってくれている人♪がいる。


というだけでも、彼女の今後の生き方は、明るい方へ行くのでは♪と思いました♪


けじめは大切にするけど。


良かった点を伝えるのは、ずっと続けようと思いました!


そして、私も私のいい点を、探して自信をつけようと思います!













母と私の36年間を、思い出しました。


私は、目の前のことではなく、ほかのこと、別の子の手伝い・・・


そこが気になり、


目の前の事に集中して、さっさと終わらせられない子でした。


要領が悪く、のんびり屋で、いつも人の顔色を気にしながら、


傷つけないで、バイバイする会話ばかり考える子でした。


後味良く。後味良くばかり思っていました。



母は、せっかちで、私と父にだけ、気が強く。


誰かを蹴落としてまで、上に立つ事を覚えなさい。


なんで、できないの!を、毎日繰り返していました。



良かれ…と思って動いていて、そんなに悪い事をしていないのに、



もうわかりました。と思ってるし、謝っているのに、いつまでも叱られました。


嘘はつけなくて、


怒られるだろうなぁと思いながら、そのまま話すと、また長い時間怒られて。



右見ても、左見ても、どっちを言っても叱られるから。


またか・・・と思いながら。


結婚前を過ごしました。



でも、結婚前に、初めて家を出る時に。

お母さんのことがとても気になって。


沢山プレゼントしたり、体に気をつけるように言ったり。


互いに泣くんです。


そして、結婚してからの数年は、毎日母から電話がありました。



でも、会うと、激しい喧嘩ばかり。




妊娠中に、旦那さんが転勤になってしまい。


その時に、旦那さんがお母さんを呼びました。


母の職場は、母の住んでいる場所からの方が、とても近く。


私の家に住み込みして、


職場に通うには毎日5時起きで、30分駅まで歩いて、電車に乗り。乗り換えをしないと、


職場につかない大変なことなのに。


母は、主人に簡単にそれを承諾して、


私と二人で住みました。



その間、3か月間ぐらい、


母と生活したのですが。


顔を見合わせる度、大ゲンカか、胸が苦しくなるほどの空気の連続でした。

つわりがひどかったので、


きつかったです。


途中、

旦那さんが転勤が長くなるかもしれないからと、

私を迎えに来てくれた時に。


また、離れて暮らす事に、


いつ会えるかわからないさみしさに、互いに泣くし。


また、互いの体の心配を深く感じてるようでした。


5か月離れている間に、仕事を絶対私用でも休まなかった母が。


仕事を3日休んで、神戸へ来てくれました。


それは、出産予定日に近いんだけど、


旦那さんが東京で会議があるから、


その間、私を見ていてほしいと、


母に連絡したからです。


でも、その間には産まれず・・・・・・


産んで退院したら。


なんと、産後10日間で、旦那さんが東京に戻る辞令が出て。


ベイビーとともに、


東京に戻りました。


その後も、チクチク喧嘩三昧は続き・・・・


しまいには、


喧嘩が生きがいなのかな・・・・


喧嘩がリズムなのかな・・・



と思うようになりました。


そうだなぁとだれもが思う会話でも。絶対、そうだね。と言いませんし。



自分にいやな会話には、目も合わせません。



そして。娘が1歳になった時に、乳癌発覚でした。


抗癌剤が始まった時に、


主人が母に、仕事を辞めて、1年間一緒に住んでくれませんか?と、母にお願いをしました。


それは、娘が1歳で目が離せない時だったので、


私に急変があっては。


と思って。


主人がお願いしたのです。


そしたら、母は仕事を辞めて。


放射線治療と、抗癌剤の間、6か月ぐらい。

一緒に住んでくれました。


しかぁし・・・



その間も喧嘩の嵐です。


家に帰りたいととか、体がなまって調子が悪いとか。


抗癌剤で、ふらふらの時にも、


あらさがしのような会話が続いたのです・・・・



私は、抗癌剤をしているのに、再発とかするんじゃないかという恐怖がおこりました。


小さい娘を見て。死にたくない!と思って。


母に、


もう刺し合いの会話はやめたい!


そうでなければ、私はお母さんより早く死ぬ事になる。


と初めて、言いました。


そうだね。と思う事は、素直にそうだねと言いあう会話がしたいのに、


なぜできないの?と泣きました。



母は、あまりに帰りたいと言うし。


お父さんにも泣きながら、電話で帰りたいと言ってたので、その時は、もう帰っていいよ。


と答えました。



そしたら。

お母さんは、自分の家に帰ったのですが。


毎日何食わぬ顔で、通ってきたのです。


往復、かなり時間もお金もかかるのに。


毎日毎日通ってきました。


離れると、気になるのかな・・・


その後、少ししたぐらいに。


母の乳癌疑惑が出ました。


乳癌の有名な先生に、


君、これ癌だよ!とはっきり言われたとか。


それを・・・うちに来て8時間ぐらい過ごして、帰り際に、


私、癌なのよ。


と言いました。


針で生検して、検査待ちだとかで。


私は、


生検の結果が出ないと、まだ癌じゃない!


大体、お母さんみたいなタイプは、


強さで癌細胞を殺せちゃうぐらいの人なんだから。

と、

体を温めるものや、漢方を渡して帰しました。


検査結果が出るまで、母は毎日うちに通っていたから。


母の体に良いもの。葉のものを、食事に用意しました。



そして、二人で、亡くなったおばあちゃんにも、大丈夫でありますように。祈りました。


私は毎日、お母さんは強いから、癌になるはずないし、癌でも自然退縮するよ!と言い続けました。


母にも漢方先生を紹介しました。


母は暑がりだけど。


漢方の先生は、君は冷えてる!と言い切られ。


がんこな母も、この時から体を温める漢方を飲み始めました。



そして、この病理結果は異常なしでした。



この時からです。


二人では会話してないことだけど。


互いに、刺し合いの意味が分かり、


病気の不安を、母は体感したりで。


二人の関係が変わったんです。


母は、そうだねを、沢山言うようになりました。


こういうのが好きなの。見つけておいてね。とか、


味方同士の守り合える、認め合える会話ができるようになってきました。



私の病気、本音をぶつけた事、自分も病気の不安を感じた事で、


母と私は生きてるうちに、互いに喜ぶ事を提案しあえるようになりました。



そうだねの会話は一生無理だと思ってました。


抗癌剤時代の一番苦しい時に、


インナーチャイルドのこと、母から離れてもいいんだよとか、自分のことを一番に思っていいんだよと、教えてくれた、先生やレイキの友達。


同じような母子の関係の傷つきを理解し、同感してくれる友達からの助言があって、


今があります。



今は、互いの検査の時は、祈り合います。



ここまでくるに、


本当に苦しかったです。

常に、疲労感が抜けないし。


頑張ってるのに、ほめてくれない。自分はいい子なだけではいけないのかな・・・


と常に思っていたのが。


ハードルもなくなり、


生きていればいいに、変わった事です。



ここまで来るのも、命がけだったなぁと感じます。


今は、

旦那様に駄目だしされておりますが、


天然で、足りない私だけど。


いるだけでも♪



と思ってくれたらな♪


旦那さんは、それを口に出して言う人ではないので、

私の高い点滴代を文句なしに、くんでくれて、

週一でマッサージに連れて行ってくれます。

漢方代も、何も言わずに払ってくれます。



旦那さんにも、娘・・・・・・・・・みんな、いてほしい!