昨日は、朝礼の番がまわってきたが
いつものように上手く話せなかった
どうしても人前では極度の緊張で言葉が出ない
それはおそらく、幼少の頃のトラウマがまだ引きずられているのかもしれない
あれは小学校上がり立ての頃、同級生から「しゃべり方が可笑しい」「早くしゃべれ」「幼稚」などとからかわれたことが心の傷となっている
からかわれることが悔しくて、よく手を出して怪我をさせ、怪我をさせられた同級生の家へ菓子箱をもって、母と謝りに行くことが日常茶飯事だった
よく母に言われたことは「強い男というのは、殴り倒すことではない 本当に強い男というのは動じない男 からかってきても、ふん!と鼻で笑える器の大きい男になってほしい」と言われ続けていた
最初はわからなかったが、しだいにわかってくるようになり、からかうやつらを相手にしなくなった
相手もからかわなくなった
君子の交わりは淡きこと水の如し
というように、うまく人と距離を図れるようにもなってきた
そのおかげか、私のまわりには、誰かかしら友人がいた
寂しい思いは一度としてしたことはない
話すコンプレックスが転じたのか話すのがうまい友人ばかりだった
社会人になって、プロの司会業務をしている知人が増えた
まさに「災い転じて福となす」
今は、話し方教室にも通っているけれど
朝礼のような場は、まず人の視線が怖く、未だにうまく話せない
しかし、心許している人とは話せるようになり
そういう方達と話すことは好きになった
朝礼のような雰囲気は改善されてないが
そのことで多くのことを学んだ
天は二物を与えず
というが、苦手なことを見せることで思わぬことが学び深めることができることを教えてくれるのが人生のような気がする
今、悩みを抱えてる方は
陰の中に潜む陽の光を探してみて下さい