最近、割とリアリズム系のズバズバ言う・書く言論に対する動画やツイートに関して、TwitterとYoutubeがヤバい。
まあ、どちらも親会社は同じだから、似たような傾向になるのかもしれないけど。

スポンサーの思惑もあるのかもしれないけど、言論の自由がスポンサーの資金力で歪められるようでは、TV・新聞と同じ結末を迎えることになると思うんだが…。

Youtuberからも規制について語られている動画が増えてきた昨今。
Twitter、Youtubeの進むべき道の岐路に立っている気がする。

また、動画投稿者・利用者自身も妙に偏らず、日本で言えばニコニコ・Fleshなどを併用する方がいいでしょうね。
もっとも、Youtube自体が「同じ動画を多数のメディアに投稿する行為」自体をBAN対象としている節もあるようですが。
これこそ、言論の危機でしょう。

上記を踏まえればTV・新聞による思想垂れ流しはまだマシ。
「思想は受け入れ可否を自己裁量できる」からね。
投稿の自由が失われるのは「発言権」の損失です。
観る・聴くは五感の範疇ですが、五感は動物でもできます。

「人間的知性の発露の究極」は言動によって完結する。
言動を封じられれば、人間は人間ではなくなる証左です。

少なくとも日本人からすれば、ようやく「言論の自由」を実質的に認められたにも関わらず、YoutubeやTwitterのようなサイトの運用者が投稿自体を禁じたら、自由主義が崩壊する。

■とりあえずの対策
某ゴシップちゃんねるの投稿者が相当に、私と似たような事を考えてて「やっぱりそうだよねぇ…」と。
 ・視聴人数から言ってYoutubeを使わない手は無い
 ・しかしYoutubeへの投稿に拘りすぎても「投稿内容に制限を受けてしまう」為、敢えてYoutubeの規約に対して「できるだけ拘らない方向性」が必要(拘りすぎると発信チャンネルを失う⇒言論の自由上のリスク分散・管理)
 ・BAN対策としての他サイトへの投稿
 ・最終手段は、サーバー立ち上げ

こんなところでしょうか。

youtubeの様な大手が「スポンサーと全く無縁」で居られるわけはない。
必ず収益モデルにスポンサーは絡むと思う。
けれども、その中でyoutubeはどこまで自社の自由を保てるのか。

今、これを問われていると思いますけど、どうでしょうね。
結局、スポンサー自身の「どこまで正気を保ちつつ商機を得る能力があるか」に依存するような気がしなくもない。

この話は次回投稿へ続きます