キーワードは「行動の時代」。
知識は「必要なだけ学ぶ」のが前提の時代。
昭和以来の教育の弊害について、どう変えていけば良いのだろうって良く考えてきましたが…。
 これからは「与えられる教育」ではなく、「行動して学ぶ教育」にしていく方向性。
世界的なリーダー国は、結局の所、国であれ企業であれ独裁によって発達しているのが現状。

まぁ「独裁」って言葉を使うとアッチ界隈が煩いわけですが「有能な知識・技術を伴うリーダーシップ」って言えば、納得してもらえるんですかね?笑


昭和以来の画一的な教育は、折角の若い時期に「本人の特性なりに、自主的に」学ぶ機会を奪ってきたといえる。
勿論、その画一的な教育が「最低限の知識」を得るのにある程度合理性があったとしても。
最低限の国語・算数さえ出来れば、他は自分で学ぶか、もしもやるとしても最低限の初歩的な事だけ「押し付けの教育をすればよい」

整理すると、上記の様な事になるんでしょうね。

■教育から始まる国の再生、民主主義の強調による弊害
民主主義の限界っていう考え方が最近よく頭に浮かんでいましたが…。
民主主義による非効率が許されない…というよりも、許されはするけどそれでは成長しない。
⇒民主主義は認めるが、非効率
⇒個々が自由主義に基づいて「行動する」

令和とは、そういう時代なんですね。
思えば、昭和も平成も「民主主義」に拘り、苦しみ続けてきたんだなぁ…。

非常に良い動画でした。

しかし、堀江さん。
随分言葉が柔らかくなったね笑

私としても痛し痒し。
自分の発する言葉にはもう少し気をつけよう…。
鋭い「だけ」ではダメですな…。
私にとっての「令和」は行動の時代であると共に、「言葉の力」の時代にしたい。