マジレスするならば、私にしても子供の頃からこうだったわけではない。
むしろ、昔は底辺には優しくしてきた方だ。
子供時代の様に、学力・運動神経・発言などで簡単に子供間で差別が発生してしまう社会を、今でも残酷だと思うし、その被害者はかわいそうだとは思う。
上記の脈絡で言えば、やや社会一般で言って苦しそうな人に寄り添うのは決して吝かではない。
だが。
経済はダメだ。
「同情するならカネをクレ」
上記は昔懐かしき有名な台詞ですが、あれはドラマだからね…。
「同情はできるがカネはやれん」
こっちがホンモノです。
残酷ですが、一般人の常識ですね。
愛情・義理に伴うカネはトラブルの元、禍いの元。
やってはならない。
国・自治体レベルで経済を語ると「相手の顔が見えないから」足らぬ人は平気な顔をして物乞いする。
だからこそ「政治を通じた格差の解消が大事」と言う意見があり、確かにこれはこれで考慮し、政策として実装する必要はある。
けれどもね?
「相手の顔を見えなくし、個人間のカネのやり取りを意識しにくくなるだけで、結局そのカネの流れが『個人間』なのか『社会規模的』なのかの違いがあるだけで」
「結局、『どういう層が』『我々から搾取するのか』『能力・努力に相応しいか疑問の多い層なのに』」
と、言う不満は「わかってる人」ほど認識できるものだよ。
私には相手の質と言う「顔」が見えている。
どの面下げてカネを欲しがっているのかがね。
■青字を纏めると
「税制による格差解消は、弱者自身による弱者であり続ける為の言い訳であり続ける」
「結局、格差解消は本質的な問題解決にならない」
何より、その優しさは「本当の意味での優しさ」ではない。
そりゃ、一瞬・刹那的に優しい政策なカンジにはなるけどね。
本当に相手に対して愛情があるならば、相手が良い経験できるように、
・しっかり教える、つまり知識・見識・経験を分けてあげる
これでしょ?
カネ配れなんて、優しさでもなんでもない。
単なるモルヒネ。
「本当の優しさ」って何?
私はこれを問いたいけどね。
不遇な兄弟を持つ身として。
確かに本当に可哀想だとは思うけど、これは中々の名言でしょ?