(あとで添削・追記します)
藤井センセイお得意の「国土強靭化」、及び道路族・鉄道族の利権問題は未だに悪影響ありですね…。
そういえば、ドイツと日本の道路網の違いをgoogleマップで見て「日本はまだ全然じゃないか!」って吼えてる人が居ました…。
道路網だけみればそうでしょう。ええ。
「地形を見ずに言えばね」
ドイツは山岳が殆ど無いですから、街・都市といった拠点を結ぶ交通網が縦横無尽に発達するのは当たり前ですが、日本はそうは行きません。
自然と山を縫う形で発達します。
鉄道も同じ脈絡で、ある程度開発してしまえば、それ以外は空の便に頼った方が経済効率がよいのです。
そういう事も調べずに、あの界隈はホント・・・どうしようもない。
あと、基本的な事ですが、公共投資とは「国民の経済活動の利便性を図る為に多少の効率を度外視してでも整備されるもの」ではありますが、それは「人口収縮フェーズ」でも同じ考えが通用する事を保証はしてないです。
人口なりに、生活エリアが増減するのはごく自然な事で、「人口減少」とは残った人たちの拠点集約化を示すものです。
つまり、「人が増えないならば、人が居るところへ集まる」のが普通で、古来から人間はそうしてきたでしょ?と言う基本事項を忘れ「オレはいつまでもココに住むんだ!不便を強いる生活は許さん!」ってバカな事を言ってるのが一部界隈の人たちです。
正に国土強靭化の闇の姿ですよね…。
一部のお花畑界隈が何を言おうと、人は『便利に暮らすために集まる』のですよ。
集落同士を結ぶのがインフラ整備です。
「わざわざ不便なところを選んで住む人は稀。昔便利だった拠点も廃れれば人が自ら移動する。昔から人類はそうしてきたじゃないですか」
不要な集落に利便性を提供する必然性は少なく、そうしたムラはやがて消える。
人類の定めです。
あの界隈は、上記の点、本当に思想が歪んでると思います。
人が便利に暮らし、益々人が増える見込みがあるからインフラ整備をするのであって。
インフラ整備して拠点を維持せよ、では順番が逆。
昭和のインフラ整備とは前者の考えでしたが、昨今の国土強靭化理論はどうでしょうか。
歪みすぎてて話にならない。
その昭和のインフラ整備にしても、「採算が見込める路線は維持され、政治によって歪められ我田引水した路線は、票目的と言う歪んだ思想に相応しく、結局廃線された・されているではないですか?」
こんなの増やして何の意味があるのか。
また、上記を鑑みれば「そもそも国土強靭化と経済政策」は結びつける類のものではなく「国土強靭化とは基本的にコストである」事に気が付くべき。
だからこそ「公共事業は建設国債として発行できるような経済効率が望まれる」のであり、儲かる見込みのない事実上の赤字国債を発行してでもやるべき正当性はありません」となるのですね。
今。民間で国土強靭化を「経済事象」として捉えている人達は、田中角栄政権の「国民総中流化」と言う、昭和政策の遺物に未だに捉われている。
地域がより儲かるようになるから道路・鉄道を敷く、その経済圏の維持の為にダムを作るのであって、道路・鉄道・ダムを作れば人が集まるわけではないです。
彼らはストロー現象を忘れたのですかね?
本当に彼らは昭和よ、もう一度!なんですねぇ…。
だけどね。
柳の木の下に2匹目の泥鰌は・・・いないのですよ苦笑
あの頃、公共投資と経済が一致し成長していたのは「産業需要に応じてインフラ整備された結果」に過ぎず、何もインフラ整備が先行してきたわけではない。
少し調べればわかる事です。
需要に応じきれないインフラ整備と言う形の上で成り立った「国土交通整備計画」でした。
そして、その計画は「無駄が多すぎてやがて破綻するのですが…」
票と利権にまみれた公共事業でしたね。