>■でもね。親にとっての二人の子供とは…。

>ここで親から見た「兄弟」の見方が分かった…。

>「どんなに罪を犯しても兄弟は兄弟、どちらかが悪かったとしても最終的に平等に扱いたい」

>・・・これで私がどんなに傷ついたか。

>

>この件は、ガンプラ事件の比ではなかった。

 

多分。

親は「兄を公正に扱うことによって、兄がスネるのを恐れた」

だから「何があろうと兄弟を平等に扱った」

恐らく、両親は私が比較的に忍耐強いのを利用して「兄を救おうとした」

 

実は、この利用のされ方から、私はやがて「キレるべき相手には平然と切れる性格を養うことになる」後日談が作られるのだが。

子供は公正に育てるべきだよ。。。父よ・・・母よ。

「悪いことは悪い」と中途半端にしか教えず、兄弟の差を親が「平等主義」で埋める。

これでは、兄弟それぞれ、将来の災いとなる。

今、子供を「平等に」育てようとしてる人は、是非「公正」について考えて欲しい。

 

親自身が平等・公正の違いを把握しなければ、ダメな子供が育ってしまう。

まずはここから変えなければならない。

 

…。

不公正さの結果、被害を受けたのは私だ。

私は公正だった。

 

こういう「公正の毀損」について不公正側は「その公正さを侮り、或いは平等ではないとダダを捏ね、自分優位に導こうとする」


これが「平等主義」の悪の一面だ。

私からすれば…これは冗談ではない。

ふざけるなと。

オマエは何様だといいたい。

 

結局、親の裁量により「兄の悪事」はうやむやにされ、私は兄と同等・平等に扱われた。

しかし、最終的に判明した事実。

 

「兄は精神病で、精神病患者に『私が』精神を合わせろ、と親に宣告されたも同然だった」

 

当時、病気だとは家族全員知らなかったから仕方のない側面はあるだろう。

しかし、子供の頃から私は事実上「精神病患者に合わせなければならない縛り」の中で生きてきた。

 

幼少期からその様な生活を継続すれば、人格形成に多大なる影響を受けるのは必至だろう。

その中でも、比較的に私はマトモに育ったと思う。

 

私自身の人生を振り返れば「あんな家庭なのによくもここまで…」

多少「平等に対するトラウマ」はあるものの、自分を褒めてやりたい。

よく頑張った、とね。

 

■平等・公正と言う概念上、私が平等を極端に嫌う理由

それは、多分、家庭環境にルーツがあるのだろうなと思う。

だが、私の言葉は本物だ。

平等は社会を壊す。

平等は公正を壊す。

 

これは間違いない。

そして「平等」ルールによる公正の毀損は、家庭に限らない。

むしろ、社会の縮図こそが我が家だったのだろう。

 

だからこそ、私は平等を撲滅したいのだ。

 

社会主義を。

共産主義を。

集産主義を。

全体主義を。

ムラ社会を。

馴れ合いを。

過剰な協調を。

 

ぶっ壊したい。

これって今の日本経済じゃないか?

だから衰退するのだ。