まだ書き足りないので…。

経済政策に頼って、自分自身は業種を変えず、職種も変えない場合にさ。

 

「昇給いくらよ?」

 

中央値で年収400万強だっけ?

2%とか3%アップすると、年間8万か12万か…。

 

これは、良いことか悪いことか分からないけど、2,3%の昇給は非常にささやか。

政策に頼らず、己の力に頼れば、50%、100%の昇給だって出来るのに。

勿論2,3%だってコツコツ積み上げることは出来るだろうけど。

 

仮に50~100%の昇給を得られる手段があるとすれば、2,3%の昇給手段を「政策依存」する人の場合は

・確実性・安定感が欲しい

・自分の実力に対する疑問、疑念

・自分を磨く努力

 

やはり私から見れば、ここら辺に対して「一定のアンチテーゼ」は言いたくもなるよな…。

 

■私の知り合い・友人にもサラリーマン・公務員は大勢いるが…。

相反する話をするようだけど。

彼らは彼らなりに「安定してる人生」「それほど昇給しない人生」をきちんと理解して生きているし、その中でも賢い人たちはコツコツ貯め、コツコツ投資し、無駄遣いを控え、それでも大らかに・朗らかに人生謳歌してる人が殆どなんだよね。

 

それは「個人の選んだ人生」「その選んだステージなりに最大限頑張る意識」でしょう。

普通に、私は私の友人を尊敬する。

サラリーマン、公務員。

色々な立場の人達がいるけど、「彼らは彼らの選んだ人生を後悔してないし、他責にしてない。目一杯楽しんでいる」

 

。。。一方。

MMTガー、財政政策ガー言ってる人達はなんだい?

事あるごとに、人のせい、社会のせいにして。

 

私がネトウヨとサヨクは「軍事上で接点はあれど、経済的には最低の存在である、資本主義社会では当然底辺だろう」

「それを認めよ!」

と言うのは、ここら辺にあるんだな。

 

分かりやすく書くと

・三橋は「政治的左右を問わず、経済的な貧困層を救いたい」というプロパガンダ。

それが彼の「反グローバリズム」「集産主義」「大きな政府」の思想につながってる。これは誰も否定できないだろう。


■政策依存の弊害

問題なのは「そのたった2,3%の為に政策依存するかね?」

下手すれば、その儚い望みは「政治的理由、マクロ経済的な理由で」瞬時に覆されるかもしれないんだよね。

 

業種は変えない。

職種も変えない。

要するに、克己がない、自己改革が無い。

それでいて政策依存し「賃金上げろ」

それならば、2~3%の昇給をMAXがせいぜいだし、景気次第で上がらないときは騰がらん。

 

その道を選ぶ

つまり「政策・時勢」を泳ぐのではなく、潮流に流されてる。

自ら選んだ道でしょう。

 

その選択肢を私は否定しない。

否定はしないから、「選んだ選択肢の定めに従ってくれ、素直に。」って思うんだけど。

何か間違ってるかな?

 

私はそれが嫌だった。

私ならば、「他人の可能性に賭ける様なおろかな行動はとらない」

結局自力でしょ?

己の力が変わる効果を実感してみたくないのかな?