お久しぶりです。 macchanです。
もはや誰に対して「お久しぶり」なのか甚だ謎なのですけど、まぁ細かいことはきにしません。 久しぶりにコメント頂いたのをきっかけに一本記事をかいてみようかと思います。
なんだかんだで色々ありましてね。 やれ正攻法だなんだと過去の内容で書いたりしましたが、まぁなんといいますか 最近リバウンドしまして、またパチンコやってた次第なんです。
で、そんなこと書くと「なんだ止められてないじゃねぇか」と思われると思いの方にちょっと聞いて頂きたい話を書こうとした次第です。はい。
ひとまず、今現在の結論からいうと今は落ち着いてパチンコ止めたわけなんです。で、まがりなりにも約5年くらいこんなブログをやってましてるとだんだん自分なりの禁パチに対する本質めいたものが見えてきたんです。 いや、もうちょっと弱気に見えてきた・・・かもくらい。
世の中にはさまざまな方法で禁パチされている方々がいますよね。そのやり方どれをとっても、その人が結局のところ止めることができれば成功であり、公序良俗に反したことでもなきゃ自分が止められればどんな方法論でもいいわけですってのはなんか昔に似たような事を書いた覚えがあります。
これは逆説的に考えてみると、自分にあった成功方法は必ずしも他の人にはあてはまらないということじゃないですか。
いや、そんなこと当たり前ですよとか思われるでしょうけど、世の中にあふれる多くの禁パチ方法はそのほとんどが、それと同じ事をやったからって止められる程簡単なもんじゃないってことがわかりました。
RPGゲームなんかは多少のブレはあろうとも大筋のやり方さえ間違えなければラスボスまでは、攻略法なりその方法を真似さえすれば誰でも辿り着けるとは思いますけど、それと同じ感覚で、ただやり方をなぞるだけで上手くいったら誰もこんなにリバウンドしちゃいないっつー話ですよ。
そんなのこそ当たり前で、それこそパチンコやるきっかけなり、その人の生活におけるパチンコにかけるウェイトも十把ひとからげでありますから、その個性にあった禁パチ方法なんかも千差万別なのが当たり前という話です。
だから「なになにで○○」したから止められるなんていって全員が全員同じことしても止めることは出来ないし、自分にあった止め方を探すしか本当に止める方法っていうのはわからないわけです。
なので、うちのブログは禁パチ実験室とかいう名前を冠してますけど、約5年?くらい実験した結果・総論は
「パチンコ止めるやり方は自分にあったものを探しましょう」
と、もう非常に抽象的なことしかいえない結果となりまして・・・
だからもうちょっと自分なりに掘り下げてですね、禁パチするにあたっての普遍的な部分というか、ここを外さなければみたいなポイントを自分の今までの経験から少し考えてみたいとおもって今回の記事を書いてみた次第であります。
さて、長々前置きを書いてしまいましたけど、今回の肝である禁パチするにあたっての普遍的な本質みたいな部分についてです。
私はこれまで数々の方法を試してきました。 意志で我慢するのはもちろんのこと、毎夜、鏡に向かって叫んでみたり、禁パチ観音巡りとかやったり、正攻法でパチンコやりだして止めてみたり、けっこー色々試したと自負してます。
で、そのどれもが止められたか?といえば止められてないです。 ただ止められてないですが禁パチという方向性にだけ関していえば、確実にいい方向に進んだ結果の今日があるともいえます。
なぜかといえば、今は全然行きたいと思いませんし、あの行きたくてたまらないムズムズワシャワシャ感もさっぱりありません。
もちろんこの先もそうである保証なんてどこにもありませんし、それを誰に確約するつもりもないので自分の中で日々行かないようにしながら生きていくという話です。
ところで、パチンコやってる時で自分の事、好きですか?
好きならもちろんそれに越したことはないです。というか好きといえたら禁パチなんてしないでしょうし、そのままの生活で全然問題ないとおもいます。
好きでも嫌いでもないという場合も、これも自分の中でほどほどにパチンコを楽しめている証拠ですから、これも止める必要なんかないんじゃないかと思います。
問題なのは禁パチする自分が嫌いであったり許せない場合です。 そして多くの禁パチをする人は、パチンコする自分の事が嫌いだと思いますし、リバウンドする自分が許せないと思うんです。
かくいう私も何回自分を責めたかわかりません。 はっきりいってパチンコする自分は大嫌いですし、パチンコしてる自分を遠くから眺めたられたら、きっと「こいつは何をしてるんだ!!」と許せないかと思います。
なので、きっと禁パチする人はパチンコする自分が嫌いなはずだという前提で話をすすめていきます。
自分が嫌いになる行為ってし続けるとどんどん自信がなくなっていくんですよね。
そりゃそうに決まってて、自分を信じるから自信なわけで、その自分を裏切ってるわけですから自分を信じられなくなっても無理はないと思います。
そして、自分のやった行為は自分が一番見てる(体験)わけですから、これはどんなに嘘言い訳しようが、本心良心は「なにやってんだよ」ってお見通しな訳ですよね。
これを繰り返して、自分を好きになれるわけないですし、自信だってぼろぼろになるわけです。もうこいつ(自分)マジで信じらんねぇ。クズだよ、クズ。みたいに打ちひしがれてしまうわけです。
なので、それをこう少しずつ変えてですね、パチンコする自分は嫌いなわけですから、嫌いなことしない自分になるというか、そういう心を作っていくとすこしずつうまくいっていくんじゃないかなぁと感じた次第です。
つまり自分の事が好きになるような行動をしていくとだんだん自分の事が好きとまではなかなかいえないですけど、許せる自分が出てくるんじゃないかなって思うのです。
すると、良い循環でだんだん自分の事が嫌いになること(これで言えばパチンコなど)をしなくなるんじゃないかなって。いや、私はそんな感じでなんか止めてった気がします。
自分との約束って意識したことありますか?
私が最近思ったことなんですけど、結構自分との約束やぶってないですか?
いや、ほんとたいしたことじゃなくてもいいんです。 パチンコに行ってしまうなんていう大きな約束破りとかじゃなくて、こうちょっとした事を破るみたいな感じで。
今日のご飯はあれにしようと思ったのに、我慢できずコレを食べてしまった。 約束破ってゴメン。 間食しないって決めたのにアイス食べちゃった。 約束破ってゴメン。 仕事でうまくいかなくて家族に当っちゃった。 もうこういうことしないって決めたのにゴメン。
本当に小さな小さな約束を破り続けると、人って結構どんどん自分との約束を軽視しだして、あげく決めたことを遂げられない人になっていくんじゃないかなって。
そういう小さな部分に意識して、大切にしていくと
今日一日自分との約束が守れた。 って自分のことが少し好きになる。
その好きになる行動をする習慣をあとはつけるだけ。
自暴自棄になるとパチンコしたくなる人は、パチンコ以外の何かで自分が嫌になっちゃったんだよね。 それをパチンコで晴らそうとしても、結局そのパチンコ自体が自分を嫌いにさせる原因だから、どんどん自暴自棄になって、結果的に悪循環。
そういう部分に気付いて、考えかたをちょっと変えてみる。 すると自分が正されていく気がします。
長くなってしまったので続きます。 次回はそうやって好きになるっていっても、具体的にどうすればいいのって話を私の実体験から書いてみようかと思います。
心にポッカリあいた穴は、埋めないとすぐにパチンコに蝕まれちゃいますから、それを埋める方法なんぞを。
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