私は左手首と右足首の骨折のため松葉杖が使えないと言われたので移動は車椅子。

リハビリで立ち座りなどの筋トレするときは手すり付きの椅子に移るんだけどもちろんリハスタッフさんが万が一の時を考えて必ず補助はしてくれた。

同じ方向の骨折なら私みたいに移乗や移動にあそこまで困ることはなかったのかもしれない。

PTOTさんたちも時々どっちだったっけ?って混乱してたな😅

急性期病院入院中ではやらなかった両足を床に着けてのリハビリ、回復期病院では早速始まった。

痛みもある中で怖さが勝ってしまい思うように進まなかった。

PTさんの肩を借りて起立訓練など行うも右足に体重かけるのが怖くてほぼ片足立ち状態。

両肩に手を置いて~って言われるが左手は痛くて添えるだけ。

手首も足首も痛くて関節が動かしにくく本気の半泣き状態でリハビリやってた。

三角板みたいな道具を足の下に入れ角度つけていくリハビリ、これが痛すぎで泣いてしまった😭

リハビリだから仕方ないとは分かっているけどマジでこれは拷問だったな💦

そして、転院後12日目からいよいよ歩行器で歩く訓練。

手の骨折もあるから普通の歩行器が使えず両前腕が乗せられるブレーキ付きの歩行器で。

この時点では歩行器の利用はリハビリ時のみだったけど、車椅子から歩行器使用へと完全に移行したのはそれから10日後。

それまでは車椅子移動だったため履き物はクロックスだったけど、完全に歩行器での移動になるからと家族にスニーカーを持ってきてもらった。

でも、右足首まだまだ腫れていてスニーカーが履けず右足はクロックスのまま。

完全に歩行器に体重乗せて歩いてたな😅

 

私が怪我をした場所が自宅から遠いところで緊急入院・手術になった病院もそれに伴い自宅から車で約1時間かかるところだったので、急性期病院であり長期入院はできない。

基本は長くて二週間らしい。

手術を無事に終え今後は長いリハビリ生活となるため回復期病棟のある自宅近くの病院に転院が決まった。

受傷後5日目で手術。

手術から12日目に手首足首両方(3カ所)の抜糸。

その3日後に自宅近所にある病院に転院となった。

コロナ禍で面会は全くできなかったけど転院先の病院で家族と10分程話せた。

転院先の病院へは元の病院のスタッフさんが送ってくれた。

最初は救急車のようにストレッチャーに横になってから運ばれる予定だったけど、幸い片手片足は無事なので普通車の後部座席で右足を伸ばした状態で1時間かかり輸送された。

そして到着した病院。

初めて来たが、第一印象…老人ホーム💦

本当に若者がいなく私が最年少だと聞いた。

個室はナースステーション前の二部屋。

そこは常に看護が必要な患者が入るらしく私は四人部屋。

ナースステーションから一番遠い部屋。

もちろん他の三人の患者は高齢者。

多分90代二人と80代一人。

コロナのせいで入院後一週間はトイレ以外は自分のスペース(狭い)から出られずカーテンを閉め切って中途隔離のような状態だった。

ここから長いリハビリ入院生活のスタート。

担当看護師さん、担当PTさん・OTさん、担当管理栄養士さん、病棟看護主任さん、担当MSWさんが代わる代わる訪問。

入院時の検査も幾つかあって昼過ぎまでばたばたしてた。

早速午後からリハビリ。

リハビリと言ってもいきなり動くのではなくこの日は身体のチェックがメインであとは色々と説明や話し。

私は1日のマックス9単位(計3時間)を退院まで続ける計画。

基本的には1日三人のリハビリスタッフさんが一人1時間で入るとの説明。

他の患者さんのリハビリの兼ね合いで3単位ずつじゃない日もあるかもしれませんとの説明を受けた。

翌日から本格的なリハビリスタート。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前日にバルーンカテーテルは抜去できたけど右手の甲に刺さっていた点滴がやっと抜けた。

抗生剤の投与がやっと終わった。

手の甲(利き手)に点滴は色々と大変だったな~。

ベッドの頭を上げてもらい座って何かしていた時に点滴の管がベッドの真横に付けていた車椅子に引っかかり針が抜けて血が溢れてしまってシーツや床・ナースコールのボタンが血まみれになることがあり、看護師さんたちは慌てもせず落ち着いて処置してくれたけど私はややパニック💦

血が流れていることもそうだけど血で広範囲を汚してしまったことが申し訳なくて😓

そんなことがあったけど術後2日間繋がっていた管が全て取れ少しだけ身軽に。

あとは左足に巻いているフットポンプが外れるだけだが、これはベッド上ではまだしばらく着けていないといけなかったから定期的に聞こえるプシュ~っていう音が地味に鬱陶しかった。

弾性ストッキングも履いていたし。

そして点滴が外れたから午後からリハビリが始まった。

まだ手首も足首も関節はこの日は動かさなかった気がする。

創部は動かさず筋トレメインだった。

もう9ヶ月半も前のことなのではっきりとは覚えていないけど、ここの病院でのリハビリはほぼ筋トレ。

左手首と右足首の骨折なので松葉杖が使えず移動は車椅子。

手と足、反対側の骨折なのでPTさんもOTさんも時々混乱してたな😅

リハビリのベッドに車椅子を横付けするときやトイレの手すりがどっちにあるかなど。

なかなか交差した骨折はないらしい😅

手足骨折したとしてもだいたいは同じ側みたいなので私の骨折は珍しいと。

そして私の担当になったPTさんがドSで…。

スリムで背が高いサバサバした年下の女性。

私にはこういう感じの人が合ってるから今となっては楽しかったな😊

リハビリに関しては厳しめだったけど。

普段から筋トレやストレッチを軽めに毎日やってるって言ってて私と一緒に筋トレしてくれたから分かりやすかった。

一緒になって息がハアハアってなったり、私だけ息切れしたり。

私の1日のリハビリ時間はトータル3時間で毎日時間もスタッフさんも違ったけど、このPTさんだけは出勤日は必ず私に付いてくれた。

コロナ禍のため、時間帯によっては一階にあるリハビリ室に行けない時もあり病棟のリハビリスペースや病室のベッド上・病棟の廊下でリハビリすることが多かった。

リハビリが始まって数日後から足の包帯を取って超音波治療をしてもらったんだけどその時に初めて術後の傷を見た。

抜糸していないので糸で縫われている傷を見て一瞬ヒヤッとしたけど案外落ち着いて見られた。

まだ腫れているし手術の時の消毒で黄ばんでるし汚い😓

いつだったか忘れたけど男性のPTさんがリハビリに入ってくれた時に足首の関節を動かされめちゃくちゃ痛くてリハビリ室全体に聞こえるほどの声で痛いーーーーーって叫んでしまって涙も出てティッシュを箱ごと渡されたことがあった。

前項でも書いたけどこの痛みが最高に痛かった😭

今まで生きてきた中で出産の次に痛かったかも!

そして今後もリハビリで何度も泣くことになる😅

まだガッツリ関節は動かせないので(Dr.の許可が出ていない)指を動かしたり筋トレしたりあとはPTさんOTさんがマッサージしてくれる感じだった。

手術から一週間後にレントゲンを撮った際に足首の撮影時に技師さんが足の向きを少し変える時に手術痕のところをガシッと掴んで動かしたのよ!

もうめちゃくちゃ痛くて半泣き😓

病室に戻ってからしばらくアイスノンで冷やしてた。

夕方Dr.が様子を見に来てくれたときにそのことを話したら気を付けるように言っておきますって。

技師さんも悪気があってしたことではないだろうけどあまりの痛さに愚痴ってしまった😅

触れる前や動かす前に一言あれば心の準備とゆっくり動かしてって言えたのにな。

この日と言うか翌日の朝までジンジンとした痛みが治まらなかった。

まあそんな状態でもリハビリはありました。

あ、シャワーなんだけど手足濡れないようにビニール袋でグルグル巻きにされて(創部)手術後5日目にやっと入れました。

左手が使えないので衣類の着脱も洗身洗髪も看護師さんに手伝ってもらいながらシャワー浴。

久々のシャワー、気持ちよかった~✨

それまでは清拭だけだったから。

骨折したのが真夏だったのでお風呂は入れないのは精神的にもきつかったな。

 

 

 

 

 

 

痛みと左腕の無感覚の気持ち悪さでほぼ一睡もできないまま朝を迎えた。

夜間も頻回に看護師さんがバイタル測定に来たり痛みの様子を聞いてくれたりアイスノンの交換してくれたりバルーンカテーテル入ってるから尿を捨ててくれたり…色々とお世話をしてくれた。

腰が痛いと言えばクッションや毛布で体位変換してくれた。

ベッド柵を握ればどうにか自分で横向いたりはできたけど痛みで思うようにいかず、ナースコールし結局看護師さんに手伝ってもらった。

本当にありがたいね。

身体もだけど心も弱ってる時に「遠慮せずに呼んでくださいね」なんて言われたから涙出たし。

起床時間の前に採血された。

なんと、左の足の甲からの採血💦

左腕と右足は手術部位なので包帯グルグル巻きで固定してて採血なんてできないし、右腕は点滴してるし、残ってるのが左足のみ。

看護師さんから「痛いだろうけどごめんなさい」って言われた。

声にならない声で「痛い痛い…」ってつぶやいてたな😓

でも、のちにこんな痛みがかわいいと感じるほど痛い事が待ち受けているとはこの時は思いもしなかった…。

右手の点滴の針が手の甲に刺さってるので食事の時に箸が使いにくくスプーンやフォークで食べてたけど、左手は使えないし右手も本来の力出ないしふりかけすら自分じゃ開けられず看護師さんに配膳に来たときに開けてもらっていた。

左腕の感覚がやっと戻ってきたかと思えば麻酔が切れて痛みが出てきた。

毎食後の鎮痛剤では全く効かず座薬入れてもらったけどそれでも痛い。

午前中、清拭と更衣をしてもらってその後Dr.が様子見に来てバルーンカテーテル抜去の許可が出たとのことで一つ管が取れた。

定期的にバイタル測定がありあっという間に昼食時間。

午後からはリハビリ担当のスタッフさんの訪問がありリハビリ開始の説明があった。

この日は説明が殆どで身体を動かす事はなかった。

点滴が外れたら離床してリハビリスペースへ行くらしい。

この時までは思いもしなかったが、骨折したときよりも手術したときよりもリハビリが何よりも痛いって事をのちに知ることになる…。