風邪薬を飲んでいて、
眠気が酷い中書いたので
変な文章が目立ったのと
追加したい部分があったので
再度アップします。<(_ _)>
NHKのクローズアップ現代の
ルポルタージュをまずは観て下さい。
こちら
もう長い事、母国から離れて
生活をしている私には
とてもショックな内容でしたので、
ここで改めてシェアをしながら
どうしたらこの様な状況を改善できるか、
あくまで個人的な意見の域を出ませんが、
何とかならないか、という思いもあり
私なりに彼是と考えてみたいと思います。
先刻のダボス会議での
安倍首相のスピーチ
に感動したばかりの私ですが、
上には上の、マクロ視点からの
目標と力強さを世界に示す立場があり、
そこには経済のみならず社会全体の
バランスを死守する役目というものも
含まれている。
そういう全体が複雑に絡み合っている
という事を知らなかったり、
理解しようと常日頃から情報を
収集したり勉強をしていなければ、
そんな聞き手には実はどんなに
素晴らしいスピーチや意気込みも、
ただのビック・トークにしか
聞こえないのだろう、とも思う。
しかし政治という
マクロを総括しなくてはならない視点
から物事を見れば、
そんなに単純に駒を進める事は
出来ない事の方が遥かに多い。
これも現実として見ておかなければ
不平不満は溜まる一方だ。
だからといって、
ミクロ視点での
(現実に起きている現場での)
問題にもしっかりと向き合わなければ
それは結果として成功したとは
言えない、とも言えるわけです。
でも、全体的に弱っている状況下で
全てを一気に裕福にさせる=結果を出す
というのはなかなか出来るものでは
ありません。
それが大凡の現実です。
だけど、平均的に見ても
少しずつならば前進する事は
出来ると思います。
時代背景も前進への後押しをする
ひとつの要因でもありますね。
ところで、比較文化として述べますが
私はイギリスの様な階級社会を
現在傍目に傍観しながら、
一方で、生まれながらの差別はなく
そもそも社会システムがイギリスとは
全く異なるスイスで生活しながら
思う事があります。
それは同じヨーロッパでも
こうも違うものか、と
心底思い知らされされる一面です。
ヨーロッパはどこも同じだ、
と思ったらそれは大きな間違いです。
ヨーロッパの中でもイギリスは特に
異なるキャラクターを持つ国です。
私は両親からの恩恵を受け、
イギリスのパブリック・スクールで
学ばせて頂く事ができましたが、
イギリスの労働階級に生まれた方々
の暮らしにはあまりふれる機会が
なかったのもひとつの事実です。
こちらのBBCのルポルタージュ
は本当に考えさせられる内容でした。
歴史や習慣を尊重する事は大事ながら
このご時世に及んで
生まれながらの不公平は
国を繁栄させないのではないか、
と思わずにはいられません。
これではアル中やレイシスト・ラント
の様な人達が公共の場で
不快な言動に走っても・・・と
ある意味同情さえしてしまいます。
コンプレックスの塊だったり
社会的に弱い立場に
置かれている人ほど
幸せな人が憎くて仕方ない
所謂『嫉妬』が全面に出てしまう。
Lack of Competence
というものは秩序さえも
乱してしまうものなのだと
私はそんな風に思う事がある。
ワンワンと吠えて
早口でまくしたてて来る人は
実生活での欲求不満度が高い
という事の裏付けなのだと思います。
ところで、
イギリスの様なケースに比べたら
戦後に階級制度を撤廃し、
アメリカの掲げるミドルクラス政策
に切り替えた事は日本にとって
良い結果を生んだのは明白と思います。
正直、イギリスに比べれば
現在の日本はまだ全然良いのでは?
と思って見ていましたが、
冒頭のNHKのルポルタージュを観て
どうなんだろう・・・
と思う部分がやや強くなりました。
ダボス会議での安倍首相のスピーチ
ではキャリア組の女性の指導的立場
のポジション獲得率を上げるという事で、
日本のキャリア組女性としては
『よく言って下さいました!』
といった所だと思います。
これは日本にとっては
凄く大きな一歩です☆
現実問題として、そうしなければ
有能なキャリア女性は外資や
外国に流れてしまうのも事実で
日本は結局それだけ大きな損
をする事になってしまうのです。
女性というだけで
実力があっても指導的立場には
なかなか就く事が出来なかった方々
を私も過去の職場で幾度か
目撃しました。
その様な背景を考えれば、
経済活性化という視点からすると
安倍政権によって昭和思考回路の
中に潜んでいたマイナス部分を
改善する事で、
そこに光が見えているワケですよね。
これは即ち、
以前の様に男性の収入に頼って
生活するのが当たり前ではなくなる
という時代への突入でもありますね。
NHKでもその様にまとめて
いらっしゃいましたが、
そんな社会に突入して行くからこそ
ここで大切なのはやっぱり
社会保障の充実なんですよね。
保守派の考え方も分からなくもない。
従来通り、女性は家庭に入れば良い
とすれば、確かに男性の雇用率が
著しく低下する事は避ける事が
できそうな気もします。
真面目な日本人男性は収入を全て
奥様に預けて管理して貰うという
方法を受け入れて来た家庭が多い
と思いますが、
この方法ですと、それを良しと
している人達には良案であっても
そういう方法では生きて行けない
立場にある人達には全く不親切な
考え方になってしまうワケです。
例えば、貧困により結婚できない
人達もいるでしょうし、
結婚はしないで一生独身として
生活して行きたい女性もいます。
そういった人達から女性というだけで
仕事の面でチャンスがフェアに
与えられていなかった場合、
女性として生まれただけで
食べて行くチャンスすら
与えられない社会、
という解釈にもなってしまうワケです。
これはよろしくない。
昭和の時代には
この様に男は仕事、女は家庭
という単純さでも時代背景が
それをよしとしていたものの
今はそんなに単純ではなくなった
という事と向き合わなくてはならない。
そんな現代社会に於いて
少々トピからズレますが
社会保障という視点で言えば、
という事で年金を挙げますが、
日本を豊かにしようと
力を尽くした人達に対するお礼が
ちゃんと出来る社会にならなくては
それもまた無責任でダメだと思うんです。
テイク、テイクで
ネバー・ギブ
これはまずい。
今、豊かな暮らしが出来るのは
昭和に生きた人々のお陰なんです。
だから国民年金をきっちりおさめる事は
義務でなくてはダメだと思うんです。
スイスの場合はオブリガトワール。
就労すればもちろんのこと、
就労していなくてもスイス人の配偶者
がいれば自動的に加入される仕組みです。
こうする事によって、
社会的弱者=ホームレス予備軍
を出さない様な社会作りの努力
がなされていたりします。
年金なんて払わない
と仰っている方に
敢えて問いたいのですが
考えてもみて下さい。
自分たちが歩行困難なシニア
になった時、いつまで経っても
給付金が頂けなかったり、
給付金自体が殆どなかったりなど。
これは本当にキツいと思いますよ。
海外在住組の皆様へ
もしまだ読まれていない方は
こちらに年金についてのページを
リンクしておきましたのでどうぞ。
話は戻して、
若年女性の貧困層問題について
どうしたら改善できるかを
考えてみたのですが、
やはりまず教育方針の改善が
良いのではないかと思うのです。
教育の在り方というポイントが
実はスイスでは本当に
成功していると思うんですよね。
スイスの場合、
右向け右政策を行っておらず、
またそれが必要になった背景もなく、
全ての職業がバランス良く必要である
という事を無視していないのです。
つまり、オフィス・ワーカー
だけでなく、農民も必要ですし、
大工も必要、レジ係も必要、
という風に職業によって
賃金に著しい差を
持たせていない事によって、
一極集中型の問題を回避している
という点が素晴らしいわけです。
従って小学生で既に大学進学コース、
職業訓練コースへの選別が行われますが
職業訓練コースへ進んだからといって
賃金が大学進学コースよりも
著しく劣るという社会ではないのです。
人はそれぞれに長けている分野が違う
という事と向き合った結果、
この様な考え方が生まれ、
実際に上手く回っていたりする
という感じだと思うんですよね。
職業により賃金に大差はない事で
職業自体による差別がない事が
根本にあるので、
個々の嫉妬の度合いを除けば
殆どの人達が平和に暮らせている
というのが現状だったりするのが
スイス的な社会の作り方だと
言えるかも知れないです。
ですから、
生活基盤がスイスである限り
この政策は非常に合理的であると
言えるでしょう。
しかし、スイス以外の国で
仕事をする場合、
職業により賃金が異なるという
リスクが発生する国が多め、
な気がします。ですから、
国際派を目指すのであれば
やはり大学進学コースに
乗っていなければ厳しいか、
とは思います。
人間のする事だから完璧はない
にしても、スイスはなかなか
素晴らしい社会の作り方に
挑戦しているなぁ
と思う事しばしばです。
ちなみに、昭和の時代というのは、
戦争の焼け野原からの復興を
実現しなくてはならない背景もあって
出来れば同じ目標に向かっている方が
再建し易かったという時代背景が
あるのも事実と思います。
しかしながら既に成熟した社会環境
に於いてその右向け右思考というのは
現代では時代のニーズには
あまりマッチしていない、
という事だと言えるのでは
ないでしょうか。
そこで思うのは、
スイスの様なアプロンティサージュ
という職業訓練コースを
日本やイギリスの様な国で
実施してはどうだろうか、
と常々思うわけです。
もしこれが導入されると
仮定して考えてみた場合、
日本は戦後はミドルクラス政策が
基盤ですから、この職業訓練コース
の実施はスムースに行くと思うのです。
寧ろイギリスの様に未だに階級社会が
基盤にありますと、実現するまでには
やはりまだまだ時間がかかりそうな
印象はどうしてもあります。
しかし、職業による給与格差が
なくなる前提でアプロンティサージュ
が導入されたとしたら、
若年貧困層も次第に改善されて
行くのではないか?と。
女性であれば風俗ばかりではなく
ベビー・シッターやシニアの介護、
メイドなど、こういった部分の仕事
への可能性を広げる事だって
出来ますよね?
男性であれば体力があるのですから
人手不足な農業や漁業など、
どれも非常に重要な分野です。
貧困家庭に生まれた事で
教育のチャンスを諦めなくては
ならない状況下にあるけれど
『勉強をしたいんだ!』
という気持ちがある子供達から
将来の可能性を奪ってしまうのは
本当に如何なものか、と思いますし、
勉強は苦手だけど、
職業訓練コースに進んで
技術を身に付けたいなど、
そういう人達をサポートする
プログラムなんかも
国主導で必要な気がします。
だって私立になってしまえば
入学金やら学費やらが
どうしてもかさんでしまい
結果としてお金がかかるので
お金がない人達からしたら
チャンスすら掴めない。
それでは意味がないのです。
ところで、社会が東京や大阪
などの都会でなくては仕事がない、
都会に行かねば一流とは言えない、
などのすり込みをすれば
今、日本が抱えている様な
問題に直面してしまう気がします。
中央集権化が効率的なのは
社会がまだ未熟である場合において
のみだと私は思います。
成熟した社会では、
中央集権的思考ですと
寧ろ発展を妨げる気がしてならない、
という事も付け加えておきます。
例えば分かりやすい例を出すと、
東京に行かなければ
◯◯のブランド店がない
ではなく、自宅から長くても
1時間の範囲内に有名ブランド店
がある、という社会を作れば
客数を分散できるので
ビジネスとして店舗を拡大できますし
一極集中型=混雑した生活環境
を改善する事へも繋がる気がします。
確かに、一極集中させて、
お店1つで同利益をあげる方が
ビジネスとしては好ましいモデルながら
それは社会貢献には繋がらないのです。
だから敢えて私は
東京でないとダメという考え方自体が
昭和的で古くさい、と思うわけです。
実際に地方の方がライフ・クオリティ
が上である事が多いですし、
住所が東京でもど田舎もありますね。
東京でも不便な場所は結構あって
しかも東京というだけで部屋が狭く
家賃だけは高いというのもまた
マイナスな面の現実な気もします。
周りがそう言うから、というだけの
連鎖反応で空気を読んで
「東京でないとダメ」
と思っている人が結構多い気がする
という事も付け加えておきます。
地方に分散させる事によって、
過疎化された地方に活気が戻る。
観光立国として目指しているのならば
地方の活性化は重要なポイント
だったりもしますからね。
またもやBBCのルポルタージュですが
一番最初のルポの夕張市の問題は
フランスのテレビ、
確かM6だったかな?でも
何年も前に取りあげられて、
その時にショックを受けた事を
よく覚えています。
ココにリンクを貼っておきます
話は色々脱線したのですが、
日本やイギリスに限らず、
成熟した社会を持つ先進国
っていうのは何処も本当に手一杯で
ギリギリな状態です。
その中でアベノミクスは非常に
手詰まり経済環境の突破口として
世界で注目されているワケです。
資源のない小国でありながら
世界経済ランキング3位
というのはやはり凄いです。
上位はいづれも大国ですからね。
でも日本は社会的弱者対策の面
に於いては冷たい印象があります。
欧州先進国圏の外国人が
現地採用として日本では
働きたがらないのも
日本的職場環境が非人道的
(残業当たり前でまとまった有休など
とても取れない)であったり
その割には低賃金という
ダブル・パンチがそもそもの
不人気の原因だと思うので、
ここも昭和的思考である限りは
停滞はすれども前進は難しいだろう、
というのは容易に予想ができる所です。
そんな事をしていれば、
日本のアジア経済HUB計画なんて
夢のまた夢でしょう。
おっと、また脱線しました。
社会保障の所に話を戻しますが
ここを強化してこそ一流国家
ではないかと常々思うのです。
その為には政治家や官僚に任せきりで
協力もしないで利益だけ求めて
見返りなければ文句を言う、
そして時代の変化に乗ろうとせずに
過去ばかり振り返るという傾向が
個々の中に潜んでいるのだとしたら
その悪循環は改善しなくてはダメ
ではないのかな、と正直思います。
批判は誰でも言えますが
批評はなかなか難しいです。
批評は別の解決案があるから
そこは如何なものかと指摘して
最終的には互いに向上する意味で
なされるものです。
つまり構想なき批判とは
ただの文句です。
ところで昨日、
東京都知事選直前討論会
といった内容の番組で
高層建物の1階に老人施設と
保育所を設けるという
アイディアがありましたが、
これは良いなぁと思いました。
コミュニティを大事にする事は
絶対に必要なんですよね。
またNHKのジャーナリストさんが
ルポルタージュの中で
公共住宅を増やす、
という案を出していましたが
これもまた良いなぁと思いました。
お金がないから病院にも行けず
住むところもない、
家庭が崩壊して頼れる人がいない中
頼れる対策すらなく、
コミュニティも崩壊して
存在すらしていない社会
を想像した時、
スイスの社会に長い事いますと
本当にショッキングで信じられない
社会に思えてしまいます。
また、若年層のシングル・マザー
を増やさないための性教育の中に
避妊教育というものもしっかり
教え込まなくてはならない気がします。
特に男性への避妊教育は
徹底すべきです。
バブル世代はキャリア志向の時代で
その辺りから少子化となりましたが
その反動とインターネットでの
ポルノ関連へのアクセスが容易
になった事ゆえか、
ゆとり世代あたりから
10代のシングルマザー層が増えた
と言っても過言ではない気がします。
今の日本としては
子供を生んでくれる事は嬉しい!
寧ろこんな少子化になってしまった
事を考えれば子供こそ国の宝ですが
宝を育てる能力が欠けている
大人の手許で育つとしたら、
それは社会的に如何なものか
というのもあるんです。
子供は結局親を選べません。
人間が他の動物と違って優秀とされる
理由の一つに教育による洗練化
があると思いますが、
例えば教養を身につける機会がない場合
結果としましては、
より野生的、つまり動物的な方向に
退化しているのではないか、
と見えるワケです。
つまり、社会で自立できていない内に
男女共にホルモンに促されるまま、
避妊もせずに一度のみならず
その後も立て続けに子供を
何人も作ってしまうというのは、
理性よりも野生が勝っている
という事だと思うワケです。
子供を作るという事は、
育てる義務があるという事で
子供を育てる義務とは
親を選べない子供に対して
成長に必要な衣食住を提供する事です。
子供を産む事は素晴らしい事ですが
産む準備ができてもいない内に
子供を産んでしまうのは
ある意味無責任なのです。
だからこそ教育は大事だと思うわけです。
この事より、社会的に未熟な親
に対する育児教育などもやはり
育児経験のある女性の立派な職業
として大々的に確立されるべき分野
とも思います。
だって保育園が足りないんですよね?
それならば、仕事をしていない
主婦の方々はご自分で子供を育てる
能力を身につけなくてはならない。
新米ママや社会的に未熟なママ
に対する指導は絶対に必要で、
幸いにして高学歴な日本人女性の
既婚者の方々はとても多いのです。
こうする事によって、
高学歴なのに時代がそうであったから
時代の流れに逆らわず家庭内に
おさまった事で能力をもて余している
有能な女性達の活躍の場が広がります。
そんな中で、100%雇用を前提
とした雇用形態ではなく、
80%や50%や30%と言った形で
雇用の場を提供するというやり方も
スイスではポピュラーなのですが、
このやり方だって
今の日本にも非常に
良いものだと思うんです。
家事が楽なんて事はありません。
家事をしながら、仕事もする
となればやはりこういう
雇用スタイルがスーパーの店員
というポジション以外でも
事務業や介護、ベビーシッター、
母親への育児教育指導、
などの場で実現したら
日本はもっと良い社会に
なれる気がしています。
こうする事によって
また社会にコミュニティが
芽生える気もします。
ところで、
まだ経済が上り坂にあった頃は
隣人が誰だか分からなくても
まだ世の中はお祭りムードで、
更には忙しさも手伝って
寂しさを感じる余裕もなく
結果としてある程度の寂しさは
楽天気分に勝って大丈夫な世の中
だったかも知れませんが、
成熟後の社会というのは、
仕事に就けるだけでラッキー
という状態かも知れません。
欧州でも高学歴でありながら
新卒の100%雇用率が厳しい
状態という意味では日本と同じ。
日本は既にバブル崩壊後の90年代
後半だったか?には新卒の就職難で
確か就職氷河期なんていう言葉で
形容されていたと思います。
バブルまでは上り坂で
実力云々よりも、人手が足りない
という理由だけで簡単に就職が
出来た様な感は拭えません。
実際に典型的なバブル世代の方と
お話をしていると、
こんな程度でよく就職できたな
と本音を言えばそう思わざるを
得ない言動が目立つのです。
慶応大学出身で都市銀本店勤め
の知り合いとの会話で、
『バブルとゆとりに挟まれ辟易』
という言葉が出て来た事が
今でも印象的で忘れられません。
自分はスイスで実力主義の
職場環境にいたので、
本当に同情するしかない、
という状態でした。
数年前にどなたかが、
『バブルとゆとりが
日本をダメにする』
とおっしゃっていましたが、
それはどうも本当で、
安倍政権直前まで
日本は相当危なかった。
脱線したついでの余談ですが、
経済という視点に於いてのみ
思いを言葉に変換しますと、
資本主義経済の向こう側
というのが私が経済学部生時代より
掲げて来た生涯のテーマなわけですが、
いやぁ、もう、何年も考え続けた
永遠のテーマのその突破口が
日本の政治家から切り出された事が
やはり嬉しくて仕方ない
と思うこの頃で、
まだまだ行けそうだな!
という気持ちにさせて貰えて
やはり有り難く思います。
人間、火事場の底力なんだなぁ
という事を改めて感じます。
だって日本沈没寸前から短期間で
プラス経済に戻した偉人ですからね。
もちろん、各国の友情あっての
実現である事も忘れてはなりません。
・・・という事で
脱線多きヒトリゴトでしたが
若年女性の貧困層などに見る
社会的弱者を生まない為には
国だけの努力に頼るのではなく
国民自身もおのおのに改善しなくては
ならない面が多々あるのではないか
という風に思うこの頃です。
眠気が酷い中書いたので
変な文章が目立ったのと
追加したい部分があったので
再度アップします。<(_ _)>
NHKのクローズアップ現代の
ルポルタージュをまずは観て下さい。
こちら
もう長い事、母国から離れて
生活をしている私には
とてもショックな内容でしたので、
ここで改めてシェアをしながら
どうしたらこの様な状況を改善できるか、
あくまで個人的な意見の域を出ませんが、
何とかならないか、という思いもあり
私なりに彼是と考えてみたいと思います。
先刻のダボス会議での
安倍首相のスピーチ
に感動したばかりの私ですが、
上には上の、マクロ視点からの
目標と力強さを世界に示す立場があり、
そこには経済のみならず社会全体の
バランスを死守する役目というものも
含まれている。
そういう全体が複雑に絡み合っている
という事を知らなかったり、
理解しようと常日頃から情報を
収集したり勉強をしていなければ、
そんな聞き手には実はどんなに
素晴らしいスピーチや意気込みも、
ただのビック・トークにしか
聞こえないのだろう、とも思う。
しかし政治という
マクロを総括しなくてはならない視点
から物事を見れば、
そんなに単純に駒を進める事は
出来ない事の方が遥かに多い。
これも現実として見ておかなければ
不平不満は溜まる一方だ。
だからといって、
ミクロ視点での
(現実に起きている現場での)
問題にもしっかりと向き合わなければ
それは結果として成功したとは
言えない、とも言えるわけです。
でも、全体的に弱っている状況下で
全てを一気に裕福にさせる=結果を出す
というのはなかなか出来るものでは
ありません。
それが大凡の現実です。
だけど、平均的に見ても
少しずつならば前進する事は
出来ると思います。
時代背景も前進への後押しをする
ひとつの要因でもありますね。
ところで、比較文化として述べますが
私はイギリスの様な階級社会を
現在傍目に傍観しながら、
一方で、生まれながらの差別はなく
そもそも社会システムがイギリスとは
全く異なるスイスで生活しながら
思う事があります。
それは同じヨーロッパでも
こうも違うものか、と
心底思い知らされされる一面です。
ヨーロッパはどこも同じだ、
と思ったらそれは大きな間違いです。
ヨーロッパの中でもイギリスは特に
異なるキャラクターを持つ国です。
私は両親からの恩恵を受け、
イギリスのパブリック・スクールで
学ばせて頂く事ができましたが、
イギリスの労働階級に生まれた方々
の暮らしにはあまりふれる機会が
なかったのもひとつの事実です。
こちらのBBCのルポルタージュ
は本当に考えさせられる内容でした。
歴史や習慣を尊重する事は大事ながら
このご時世に及んで
生まれながらの不公平は
国を繁栄させないのではないか、
と思わずにはいられません。
これではアル中やレイシスト・ラント
の様な人達が公共の場で
不快な言動に走っても・・・と
ある意味同情さえしてしまいます。
コンプレックスの塊だったり
社会的に弱い立場に
置かれている人ほど
幸せな人が憎くて仕方ない
所謂『嫉妬』が全面に出てしまう。
Lack of Competence
というものは秩序さえも
乱してしまうものなのだと
私はそんな風に思う事がある。
ワンワンと吠えて
早口でまくしたてて来る人は
実生活での欲求不満度が高い
という事の裏付けなのだと思います。
ところで、
イギリスの様なケースに比べたら
戦後に階級制度を撤廃し、
アメリカの掲げるミドルクラス政策
に切り替えた事は日本にとって
良い結果を生んだのは明白と思います。
正直、イギリスに比べれば
現在の日本はまだ全然良いのでは?
と思って見ていましたが、
冒頭のNHKのルポルタージュを観て
どうなんだろう・・・
と思う部分がやや強くなりました。
ダボス会議での安倍首相のスピーチ
ではキャリア組の女性の指導的立場
のポジション獲得率を上げるという事で、
日本のキャリア組女性としては
『よく言って下さいました!』
といった所だと思います。
これは日本にとっては
凄く大きな一歩です☆
現実問題として、そうしなければ
有能なキャリア女性は外資や
外国に流れてしまうのも事実で
日本は結局それだけ大きな損
をする事になってしまうのです。
女性というだけで
実力があっても指導的立場には
なかなか就く事が出来なかった方々
を私も過去の職場で幾度か
目撃しました。
その様な背景を考えれば、
経済活性化という視点からすると
安倍政権によって昭和思考回路の
中に潜んでいたマイナス部分を
改善する事で、
そこに光が見えているワケですよね。
これは即ち、
以前の様に男性の収入に頼って
生活するのが当たり前ではなくなる
という時代への突入でもありますね。
NHKでもその様にまとめて
いらっしゃいましたが、
そんな社会に突入して行くからこそ
ここで大切なのはやっぱり
社会保障の充実なんですよね。
保守派の考え方も分からなくもない。
従来通り、女性は家庭に入れば良い
とすれば、確かに男性の雇用率が
著しく低下する事は避ける事が
できそうな気もします。
真面目な日本人男性は収入を全て
奥様に預けて管理して貰うという
方法を受け入れて来た家庭が多い
と思いますが、
この方法ですと、それを良しと
している人達には良案であっても
そういう方法では生きて行けない
立場にある人達には全く不親切な
考え方になってしまうワケです。
例えば、貧困により結婚できない
人達もいるでしょうし、
結婚はしないで一生独身として
生活して行きたい女性もいます。
そういった人達から女性というだけで
仕事の面でチャンスがフェアに
与えられていなかった場合、
女性として生まれただけで
食べて行くチャンスすら
与えられない社会、
という解釈にもなってしまうワケです。
これはよろしくない。
昭和の時代には
この様に男は仕事、女は家庭
という単純さでも時代背景が
それをよしとしていたものの
今はそんなに単純ではなくなった
という事と向き合わなくてはならない。
そんな現代社会に於いて
少々トピからズレますが
社会保障という視点で言えば、
という事で年金を挙げますが、
日本を豊かにしようと
力を尽くした人達に対するお礼が
ちゃんと出来る社会にならなくては
それもまた無責任でダメだと思うんです。
テイク、テイクで
ネバー・ギブ
これはまずい。
今、豊かな暮らしが出来るのは
昭和に生きた人々のお陰なんです。
だから国民年金をきっちりおさめる事は
義務でなくてはダメだと思うんです。
スイスの場合はオブリガトワール。
就労すればもちろんのこと、
就労していなくてもスイス人の配偶者
がいれば自動的に加入される仕組みです。
こうする事によって、
社会的弱者=ホームレス予備軍
を出さない様な社会作りの努力
がなされていたりします。
年金なんて払わない
と仰っている方に
敢えて問いたいのですが
考えてもみて下さい。
自分たちが歩行困難なシニア
になった時、いつまで経っても
給付金が頂けなかったり、
給付金自体が殆どなかったりなど。
これは本当にキツいと思いますよ。
海外在住組の皆様へ
もしまだ読まれていない方は
こちらに年金についてのページを
リンクしておきましたのでどうぞ。
話は戻して、
若年女性の貧困層問題について
どうしたら改善できるかを
考えてみたのですが、
やはりまず教育方針の改善が
良いのではないかと思うのです。
教育の在り方というポイントが
実はスイスでは本当に
成功していると思うんですよね。
スイスの場合、
右向け右政策を行っておらず、
またそれが必要になった背景もなく、
全ての職業がバランス良く必要である
という事を無視していないのです。
つまり、オフィス・ワーカー
だけでなく、農民も必要ですし、
大工も必要、レジ係も必要、
という風に職業によって
賃金に著しい差を
持たせていない事によって、
一極集中型の問題を回避している
という点が素晴らしいわけです。
従って小学生で既に大学進学コース、
職業訓練コースへの選別が行われますが
職業訓練コースへ進んだからといって
賃金が大学進学コースよりも
著しく劣るという社会ではないのです。
人はそれぞれに長けている分野が違う
という事と向き合った結果、
この様な考え方が生まれ、
実際に上手く回っていたりする
という感じだと思うんですよね。
職業により賃金に大差はない事で
職業自体による差別がない事が
根本にあるので、
個々の嫉妬の度合いを除けば
殆どの人達が平和に暮らせている
というのが現状だったりするのが
スイス的な社会の作り方だと
言えるかも知れないです。
ですから、
生活基盤がスイスである限り
この政策は非常に合理的であると
言えるでしょう。
しかし、スイス以外の国で
仕事をする場合、
職業により賃金が異なるという
リスクが発生する国が多め、
な気がします。ですから、
国際派を目指すのであれば
やはり大学進学コースに
乗っていなければ厳しいか、
とは思います。
人間のする事だから完璧はない
にしても、スイスはなかなか
素晴らしい社会の作り方に
挑戦しているなぁ
と思う事しばしばです。
ちなみに、昭和の時代というのは、
戦争の焼け野原からの復興を
実現しなくてはならない背景もあって
出来れば同じ目標に向かっている方が
再建し易かったという時代背景が
あるのも事実と思います。
しかしながら既に成熟した社会環境
に於いてその右向け右思考というのは
現代では時代のニーズには
あまりマッチしていない、
という事だと言えるのでは
ないでしょうか。
そこで思うのは、
スイスの様なアプロンティサージュ
という職業訓練コースを
日本やイギリスの様な国で
実施してはどうだろうか、
と常々思うわけです。
もしこれが導入されると
仮定して考えてみた場合、
日本は戦後はミドルクラス政策が
基盤ですから、この職業訓練コース
の実施はスムースに行くと思うのです。
寧ろイギリスの様に未だに階級社会が
基盤にありますと、実現するまでには
やはりまだまだ時間がかかりそうな
印象はどうしてもあります。
しかし、職業による給与格差が
なくなる前提でアプロンティサージュ
が導入されたとしたら、
若年貧困層も次第に改善されて
行くのではないか?と。
女性であれば風俗ばかりではなく
ベビー・シッターやシニアの介護、
メイドなど、こういった部分の仕事
への可能性を広げる事だって
出来ますよね?
男性であれば体力があるのですから
人手不足な農業や漁業など、
どれも非常に重要な分野です。
貧困家庭に生まれた事で
教育のチャンスを諦めなくては
ならない状況下にあるけれど
『勉強をしたいんだ!』
という気持ちがある子供達から
将来の可能性を奪ってしまうのは
本当に如何なものか、と思いますし、
勉強は苦手だけど、
職業訓練コースに進んで
技術を身に付けたいなど、
そういう人達をサポートする
プログラムなんかも
国主導で必要な気がします。
だって私立になってしまえば
入学金やら学費やらが
どうしてもかさんでしまい
結果としてお金がかかるので
お金がない人達からしたら
チャンスすら掴めない。
それでは意味がないのです。
ところで、社会が東京や大阪
などの都会でなくては仕事がない、
都会に行かねば一流とは言えない、
などのすり込みをすれば
今、日本が抱えている様な
問題に直面してしまう気がします。
中央集権化が効率的なのは
社会がまだ未熟である場合において
のみだと私は思います。
成熟した社会では、
中央集権的思考ですと
寧ろ発展を妨げる気がしてならない、
という事も付け加えておきます。
例えば分かりやすい例を出すと、
東京に行かなければ
◯◯のブランド店がない
ではなく、自宅から長くても
1時間の範囲内に有名ブランド店
がある、という社会を作れば
客数を分散できるので
ビジネスとして店舗を拡大できますし
一極集中型=混雑した生活環境
を改善する事へも繋がる気がします。
確かに、一極集中させて、
お店1つで同利益をあげる方が
ビジネスとしては好ましいモデルながら
それは社会貢献には繋がらないのです。
だから敢えて私は
東京でないとダメという考え方自体が
昭和的で古くさい、と思うわけです。
実際に地方の方がライフ・クオリティ
が上である事が多いですし、
住所が東京でもど田舎もありますね。
東京でも不便な場所は結構あって
しかも東京というだけで部屋が狭く
家賃だけは高いというのもまた
マイナスな面の現実な気もします。
周りがそう言うから、というだけの
連鎖反応で空気を読んで
「東京でないとダメ」
と思っている人が結構多い気がする
という事も付け加えておきます。
地方に分散させる事によって、
過疎化された地方に活気が戻る。
観光立国として目指しているのならば
地方の活性化は重要なポイント
だったりもしますからね。
またもやBBCのルポルタージュですが
一番最初のルポの夕張市の問題は
フランスのテレビ、
確かM6だったかな?でも
何年も前に取りあげられて、
その時にショックを受けた事を
よく覚えています。
ココにリンクを貼っておきます
話は色々脱線したのですが、
日本やイギリスに限らず、
成熟した社会を持つ先進国
っていうのは何処も本当に手一杯で
ギリギリな状態です。
その中でアベノミクスは非常に
手詰まり経済環境の突破口として
世界で注目されているワケです。
資源のない小国でありながら
世界経済ランキング3位
というのはやはり凄いです。
上位はいづれも大国ですからね。
でも日本は社会的弱者対策の面
に於いては冷たい印象があります。
欧州先進国圏の外国人が
現地採用として日本では
働きたがらないのも
日本的職場環境が非人道的
(残業当たり前でまとまった有休など
とても取れない)であったり
その割には低賃金という
ダブル・パンチがそもそもの
不人気の原因だと思うので、
ここも昭和的思考である限りは
停滞はすれども前進は難しいだろう、
というのは容易に予想ができる所です。
そんな事をしていれば、
日本のアジア経済HUB計画なんて
夢のまた夢でしょう。
おっと、また脱線しました。
社会保障の所に話を戻しますが
ここを強化してこそ一流国家
ではないかと常々思うのです。
その為には政治家や官僚に任せきりで
協力もしないで利益だけ求めて
見返りなければ文句を言う、
そして時代の変化に乗ろうとせずに
過去ばかり振り返るという傾向が
個々の中に潜んでいるのだとしたら
その悪循環は改善しなくてはダメ
ではないのかな、と正直思います。
批判は誰でも言えますが
批評はなかなか難しいです。
批評は別の解決案があるから
そこは如何なものかと指摘して
最終的には互いに向上する意味で
なされるものです。
つまり構想なき批判とは
ただの文句です。
ところで昨日、
東京都知事選直前討論会
といった内容の番組で
高層建物の1階に老人施設と
保育所を設けるという
アイディアがありましたが、
これは良いなぁと思いました。
コミュニティを大事にする事は
絶対に必要なんですよね。
またNHKのジャーナリストさんが
ルポルタージュの中で
公共住宅を増やす、
という案を出していましたが
これもまた良いなぁと思いました。
お金がないから病院にも行けず
住むところもない、
家庭が崩壊して頼れる人がいない中
頼れる対策すらなく、
コミュニティも崩壊して
存在すらしていない社会
を想像した時、
スイスの社会に長い事いますと
本当にショッキングで信じられない
社会に思えてしまいます。
また、若年層のシングル・マザー
を増やさないための性教育の中に
避妊教育というものもしっかり
教え込まなくてはならない気がします。
特に男性への避妊教育は
徹底すべきです。
バブル世代はキャリア志向の時代で
その辺りから少子化となりましたが
その反動とインターネットでの
ポルノ関連へのアクセスが容易
になった事ゆえか、
ゆとり世代あたりから
10代のシングルマザー層が増えた
と言っても過言ではない気がします。
今の日本としては
子供を生んでくれる事は嬉しい!
寧ろこんな少子化になってしまった
事を考えれば子供こそ国の宝ですが
宝を育てる能力が欠けている
大人の手許で育つとしたら、
それは社会的に如何なものか
というのもあるんです。
子供は結局親を選べません。
人間が他の動物と違って優秀とされる
理由の一つに教育による洗練化
があると思いますが、
例えば教養を身につける機会がない場合
結果としましては、
より野生的、つまり動物的な方向に
退化しているのではないか、
と見えるワケです。
つまり、社会で自立できていない内に
男女共にホルモンに促されるまま、
避妊もせずに一度のみならず
その後も立て続けに子供を
何人も作ってしまうというのは、
理性よりも野生が勝っている
という事だと思うワケです。
子供を作るという事は、
育てる義務があるという事で
子供を育てる義務とは
親を選べない子供に対して
成長に必要な衣食住を提供する事です。
子供を産む事は素晴らしい事ですが
産む準備ができてもいない内に
子供を産んでしまうのは
ある意味無責任なのです。
だからこそ教育は大事だと思うわけです。
この事より、社会的に未熟な親
に対する育児教育などもやはり
育児経験のある女性の立派な職業
として大々的に確立されるべき分野
とも思います。
だって保育園が足りないんですよね?
それならば、仕事をしていない
主婦の方々はご自分で子供を育てる
能力を身につけなくてはならない。
新米ママや社会的に未熟なママ
に対する指導は絶対に必要で、
幸いにして高学歴な日本人女性の
既婚者の方々はとても多いのです。
こうする事によって、
高学歴なのに時代がそうであったから
時代の流れに逆らわず家庭内に
おさまった事で能力をもて余している
有能な女性達の活躍の場が広がります。
そんな中で、100%雇用を前提
とした雇用形態ではなく、
80%や50%や30%と言った形で
雇用の場を提供するというやり方も
スイスではポピュラーなのですが、
このやり方だって
今の日本にも非常に
良いものだと思うんです。
家事が楽なんて事はありません。
家事をしながら、仕事もする
となればやはりこういう
雇用スタイルがスーパーの店員
というポジション以外でも
事務業や介護、ベビーシッター、
母親への育児教育指導、
などの場で実現したら
日本はもっと良い社会に
なれる気がしています。
こうする事によって
また社会にコミュニティが
芽生える気もします。
ところで、
まだ経済が上り坂にあった頃は
隣人が誰だか分からなくても
まだ世の中はお祭りムードで、
更には忙しさも手伝って
寂しさを感じる余裕もなく
結果としてある程度の寂しさは
楽天気分に勝って大丈夫な世の中
だったかも知れませんが、
成熟後の社会というのは、
仕事に就けるだけでラッキー
という状態かも知れません。
欧州でも高学歴でありながら
新卒の100%雇用率が厳しい
状態という意味では日本と同じ。
日本は既にバブル崩壊後の90年代
後半だったか?には新卒の就職難で
確か就職氷河期なんていう言葉で
形容されていたと思います。
バブルまでは上り坂で
実力云々よりも、人手が足りない
という理由だけで簡単に就職が
出来た様な感は拭えません。
実際に典型的なバブル世代の方と
お話をしていると、
こんな程度でよく就職できたな
と本音を言えばそう思わざるを
得ない言動が目立つのです。
慶応大学出身で都市銀本店勤め
の知り合いとの会話で、
『バブルとゆとりに挟まれ辟易』
という言葉が出て来た事が
今でも印象的で忘れられません。
自分はスイスで実力主義の
職場環境にいたので、
本当に同情するしかない、
という状態でした。
数年前にどなたかが、
『バブルとゆとりが
日本をダメにする』
とおっしゃっていましたが、
それはどうも本当で、
安倍政権直前まで
日本は相当危なかった。
脱線したついでの余談ですが、
経済という視点に於いてのみ
思いを言葉に変換しますと、
資本主義経済の向こう側
というのが私が経済学部生時代より
掲げて来た生涯のテーマなわけですが、
いやぁ、もう、何年も考え続けた
永遠のテーマのその突破口が
日本の政治家から切り出された事が
やはり嬉しくて仕方ない
と思うこの頃で、
まだまだ行けそうだな!
という気持ちにさせて貰えて
やはり有り難く思います。
人間、火事場の底力なんだなぁ
という事を改めて感じます。
だって日本沈没寸前から短期間で
プラス経済に戻した偉人ですからね。
もちろん、各国の友情あっての
実現である事も忘れてはなりません。
・・・という事で
脱線多きヒトリゴトでしたが
若年女性の貧困層などに見る
社会的弱者を生まない為には
国だけの努力に頼るのではなく
国民自身もおのおのに改善しなくては
ならない面が多々あるのではないか
という風に思うこの頃です。