臨死体験 立花隆 思索ドキュメント
死ぬとき心はどうなるのか
今日はこのルポを選択
前々から死と死後の世界については
どうなんだろう、どうなんだろう
と思っていた事だったので、
個人的には観ていて面白い
と思った点が結構あった。
死後の世界というのは
誰にも立証できない世界なので
実は永遠と分かりようがない。
死んで初めて「ああ、そうか」
と分かるものなんだと思っている。
基本的に死後の世界を
否定するつもりはないが
臨死体験という部分に関しては
科学的なアプローチで考えてみる方が
生きている私達にとっては
理解しやすいと思う。
ルポの中で面白いと思った所は、
ケンタッキー大学 脳神経外科の
ネルソン教授が仰っていた事。
『神秘的な体験は、
脳の辺縁系で起る現象』
という視点です。
睡眠中に夢を見るのと同じ
と置き換えれば分かりやすい。
もしそうであるとすれば、
私の身近で2度の心停止を起こし
3度目で亡くなられた方のお話を
裏付ける事ができる。
彼女のお話によれば、
1度目は身も心も軽くなり
とても穏やかな気持ちで
空を飛んでいた、
と形容されていた。
しかし、2度目の時は
そうではなかった。
1度目の心停止後、
強いお薬を与えられ始め
2度目の心停止の時は
まるで沢山の殺人者から
殺される様な思いだったと
形容されていた。
私が最後にお見舞いに行った
その時が、彼女が正気を保っていた
最後の姿だった。
その後の彼女は、
亡くなるその日まで
愛する娘が誰だかも分からなくなり
あんなに穏やかな女性だったのに
今まで口にした事のないような言葉
を口にしたりして、明らかに様子が
おかしかったと聞いた。
残念ながら彼女は3度目で
永眠された。まだ60代前半だった。
この事から照らし合わせると、
2度目の心停止の時は薬の影響で
既に物事の見方が変化を起こしていた
のではないかと推測すると、
脳の辺縁系でも恐怖などのイメージが
強かったのではないか、と
推測できるなぁと思いながら
ネルソン教授の見解に頷きながら
深々と聞いてしまった。
もし薬の投与が必要のない環境で
お亡くなりになられたのであれば、
その人の人生や人生観、哲学や
信仰されていた宗教等の影響が
反映されたものが、
見えるのかも知れない、と思った。
この事を考えれば、
生前に良い行いをし、
人々を愛し、愛される
そんな風に心が幸せに満ちた人生
を送った人はきっと素敵な夢をみながら
お亡くなりになられるのだろうと
思うに至った。
私も眠る様に永眠できたら良いなぁ
と、そんな風にいつか来る死、
というものを考えた時に願う事がある。
死ぬ日が来る事が怖いと
思っていたからこそ、
苦しむ事なく眠る様に
その日を迎えたいと思う気持ちが
強いのだと思う。
健康である限りは、
私が実際に死を迎える日というのは
まだまだ先の話なのだけどね。
だけど、脳神経外科の
エベン・アレキサンダー博士の様な
ケースは、これでは説明が
つかない事になってしまう。
脳幹まで損傷していた
というのだからなぁ・・・。
脳神経のエキスパートである
ご本人でさえ分からない
というのだから、
私達が認識している科学というのは
まだまだ分からない部分が多い
という段階にあるのかも知れないなぁ
と思いながら聞いていた。
因みにルポ内では色んな側面から
検証されていたので観ていて
面白いと思ったのだけど、
ウイスコンシン大学 精神医学の
トニーニ教授の見解も面白かった。
統合情報理論 ですが、確かに
脳内の情報量が多いほどシナプスは
活性化されるという事だと私は
思って生きて来たので、
この理論には頷く点が多い。
人間はどんな家庭環境で育ち
どんな人生体験をし、
どんな教育を受け
どんな仲間が周りにいたか、
などを通して人格が形成されて行く
事は難しい事を言わなくても
誰にでも分かるものだ。
そういった、自分の意識を作り出す
環境というものがどういうもので、
更には、それを熟したものにさせる為に
常に努力をしているとしたら、
その人の脳は寝ている時以外は
常に活発な状態にあり、
脳が活発な状態にあるという事は
それだけ脳内の電気の流れが活発である、
という事になる。
即ち思考も情報量が多ければ多いほど
より深い考え方になっていくので
実際に、情報量が多いからこそ
物事の結論が単純に白黒ではなくなる
傾向が多い気がする。
だからこそ、人間は老いてもなお
常に学ぶ姿勢を持つ事が大切で
それは結果としてボケを防止する事が
出来るものだとも思える。
確かに意識は心の一部であるという
考え方には納得がいく。
全ての脳内情報(体験や記憶等)が
集約されたものが意識である
という事に納得できるので、
そういった情報があった上で
心が存在するのだと考えれば
理解ができる。
例えば好きな人の事を想う時に
心臓がドキドキしますよね。
それを例に考えてみると
分かりやすいかも知れません。
脳内の情報が集約された上での
『意識』がまず根底にあり、
私はこの人がタイプ、ですとか
この人は恋愛対象外、ですとか
先ずは脳で区分けをしているとも
考えられます。自分が好きになる人は
きっとどこか自分に似た様な人で
ホッと出来るとか、安心できる
という気持ちが何処かにあり、
尚且つ、育った環境が似ているですとか
食生活が似ているといった感じで、
ある程度、自分の習慣や経験して来た
事と接点がある方が安心出来る要素を
より多く兼ね備えており、
そういう人を好きになる傾向が
多めではないか、と
私は思ったりしています。
見た目は同じなのに、
Aさんはタイプで
Bさんはダメというケースは
意外とある様な気がします。
そして、この人が好きだと思った時に
脳が心臓にドキドキという電気を
走らせる化学反応というものに
繋がるのではないか、
と考えられない事もない。
そう考えると、心もまた脳にある
と考えられないだろうか。
上手くまとめられなくて
申し訳ないながら、
脳って面白いな、って改めて
思わされました。
臨死体験 立花隆 思索ドキュメント
死ぬとき心はどうなるのか
は科学検証ベースの多角的な視点で
まとめられていて面白いルポだと
思ったので、科学的なアプローチでの
分析に興味がある方は参考として
観てみると良いかも知れません。
おっと、もう夜中12時になりそう!
おやすみなさい。.:+*:・'☆。、:+*:.
死ぬとき心はどうなるのか
今日はこのルポを選択

前々から死と死後の世界については
どうなんだろう、どうなんだろう
と思っていた事だったので、
個人的には観ていて面白い
と思った点が結構あった。
死後の世界というのは
誰にも立証できない世界なので
実は永遠と分かりようがない。
死んで初めて「ああ、そうか」
と分かるものなんだと思っている。
基本的に死後の世界を
否定するつもりはないが
臨死体験という部分に関しては
科学的なアプローチで考えてみる方が
生きている私達にとっては
理解しやすいと思う。
ルポの中で面白いと思った所は、
ケンタッキー大学 脳神経外科の
ネルソン教授が仰っていた事。
『神秘的な体験は、
脳の辺縁系で起る現象』
という視点です。
睡眠中に夢を見るのと同じ
と置き換えれば分かりやすい。
もしそうであるとすれば、
私の身近で2度の心停止を起こし
3度目で亡くなられた方のお話を
裏付ける事ができる。
彼女のお話によれば、
1度目は身も心も軽くなり
とても穏やかな気持ちで
空を飛んでいた、
と形容されていた。
しかし、2度目の時は
そうではなかった。
1度目の心停止後、
強いお薬を与えられ始め
2度目の心停止の時は
まるで沢山の殺人者から
殺される様な思いだったと
形容されていた。
私が最後にお見舞いに行った
その時が、彼女が正気を保っていた
最後の姿だった。
その後の彼女は、
亡くなるその日まで
愛する娘が誰だかも分からなくなり
あんなに穏やかな女性だったのに
今まで口にした事のないような言葉
を口にしたりして、明らかに様子が
おかしかったと聞いた。
残念ながら彼女は3度目で
永眠された。まだ60代前半だった。
この事から照らし合わせると、
2度目の心停止の時は薬の影響で
既に物事の見方が変化を起こしていた
のではないかと推測すると、
脳の辺縁系でも恐怖などのイメージが
強かったのではないか、と
推測できるなぁと思いながら
ネルソン教授の見解に頷きながら
深々と聞いてしまった。
もし薬の投与が必要のない環境で
お亡くなりになられたのであれば、
その人の人生や人生観、哲学や
信仰されていた宗教等の影響が
反映されたものが、
見えるのかも知れない、と思った。
この事を考えれば、
生前に良い行いをし、
人々を愛し、愛される
そんな風に心が幸せに満ちた人生
を送った人はきっと素敵な夢をみながら
お亡くなりになられるのだろうと
思うに至った。
私も眠る様に永眠できたら良いなぁ
と、そんな風にいつか来る死、
というものを考えた時に願う事がある。
死ぬ日が来る事が怖いと
思っていたからこそ、
苦しむ事なく眠る様に
その日を迎えたいと思う気持ちが
強いのだと思う。
健康である限りは、
私が実際に死を迎える日というのは
まだまだ先の話なのだけどね。
だけど、脳神経外科の
エベン・アレキサンダー博士の様な
ケースは、これでは説明が
つかない事になってしまう。
脳幹まで損傷していた
というのだからなぁ・・・。
脳神経のエキスパートである
ご本人でさえ分からない
というのだから、
私達が認識している科学というのは
まだまだ分からない部分が多い
という段階にあるのかも知れないなぁ
と思いながら聞いていた。
因みにルポ内では色んな側面から
検証されていたので観ていて
面白いと思ったのだけど、
ウイスコンシン大学 精神医学の
トニーニ教授の見解も面白かった。
統合情報理論 ですが、確かに
脳内の情報量が多いほどシナプスは
活性化されるという事だと私は
思って生きて来たので、
この理論には頷く点が多い。
人間はどんな家庭環境で育ち
どんな人生体験をし、
どんな教育を受け
どんな仲間が周りにいたか、
などを通して人格が形成されて行く
事は難しい事を言わなくても
誰にでも分かるものだ。
そういった、自分の意識を作り出す
環境というものがどういうもので、
更には、それを熟したものにさせる為に
常に努力をしているとしたら、
その人の脳は寝ている時以外は
常に活発な状態にあり、
脳が活発な状態にあるという事は
それだけ脳内の電気の流れが活発である、
という事になる。
即ち思考も情報量が多ければ多いほど
より深い考え方になっていくので
実際に、情報量が多いからこそ
物事の結論が単純に白黒ではなくなる
傾向が多い気がする。
だからこそ、人間は老いてもなお
常に学ぶ姿勢を持つ事が大切で
それは結果としてボケを防止する事が
出来るものだとも思える。
確かに意識は心の一部であるという
考え方には納得がいく。
全ての脳内情報(体験や記憶等)が
集約されたものが意識である
という事に納得できるので、
そういった情報があった上で
心が存在するのだと考えれば
理解ができる。
例えば好きな人の事を想う時に
心臓がドキドキしますよね。
それを例に考えてみると
分かりやすいかも知れません。
脳内の情報が集約された上での
『意識』がまず根底にあり、
私はこの人がタイプ、ですとか
この人は恋愛対象外、ですとか
先ずは脳で区分けをしているとも
考えられます。自分が好きになる人は
きっとどこか自分に似た様な人で
ホッと出来るとか、安心できる
という気持ちが何処かにあり、
尚且つ、育った環境が似ているですとか
食生活が似ているといった感じで、
ある程度、自分の習慣や経験して来た
事と接点がある方が安心出来る要素を
より多く兼ね備えており、
そういう人を好きになる傾向が
多めではないか、と
私は思ったりしています。
見た目は同じなのに、
Aさんはタイプで
Bさんはダメというケースは
意外とある様な気がします。
そして、この人が好きだと思った時に
脳が心臓にドキドキという電気を
走らせる化学反応というものに
繋がるのではないか、
と考えられない事もない。
そう考えると、心もまた脳にある
と考えられないだろうか。
上手くまとめられなくて
申し訳ないながら、
脳って面白いな、って改めて
思わされました。
臨死体験 立花隆 思索ドキュメント
死ぬとき心はどうなるのか
は科学検証ベースの多角的な視点で
まとめられていて面白いルポだと
思ったので、科学的なアプローチでの
分析に興味がある方は参考として
観てみると良いかも知れません。
おっと、もう夜中12時になりそう!
おやすみなさい。.:+*:・'☆。、:+*:.