体育の日の日曜日だったからか。

近くの貯水池そばの用水路に行きたくなった

 

案の定、その日もたくさんの人々が走っていた。

貯水底の土のグランドではサッカークラブの少年たちがボールを追いかけてる。

1周1.5kmのランニングコースを半周ほど自転車を進める。

やはり、年配の人たちの顔が目に付く。

用水路に着き、そばの逆さの空き瓶入れに座り、一服した。

おばあさんがビーグル犬のような子犬を伴い、前を通る。

ビーグル犬はおばあさんの手を離れ、自分のほうに寄ってくる。

こら、そっちいっちゃダメよ。

おばあさんは慌てて犬を連れ戻そうとする。

自分は気にせず煙草を吸う。

犬は好きだが、品種改良をした小型犬は苦手だった。

 

犬は去り、用水路のほうに目を向ける。

見事なまでのドブ川だ。

自分が今まで見てきた河川の中で一、二を争うほどのドブ川だ。

自分は煙草を消し、ここはウナギの川だったな、と思った。

この用水路を北上するとさいたま市(旧浦和市)に入る。

江戸時代まではウナギの産地として有名だったこの用水路も今はウナギはいない。(ウナギの町浦和はこのドブ川から来てる)

鯉とミシシッピアカミミガメはいる。

なぜか他のドブ川よりも鯉の姿を見かける。

似鯉でなく黒鯉だと思う。

自分は合成洗剤垂れ流しのドブ川でなぜ黒鯉が元気に泳ぎ続けられるのか、疑問に思った。

不思議でしょうがなかったが、自分たちもディーゼル車から排出される粒子状物質の中で生きてるな、と思い一応は納得した。

 

そのドブ川を地下にも感じながら東進すると、芝川が流れている。

芝川は川口市を北南に流れてる排水路で映画『キューポラのある街』(三丁目の夕日の川口市版みたいな映画)にも登場した。

江戸時代に家康が関東入りした際の治水事業として、排水のため人口的に掘削された。

今ではそのランニングコースを楽しむ人はいるが、川は見る影もない。

 

その先輩は芝川を挟んで向こう側の住宅街に住んでいた。

「まっちゃ、最近どうよ?」

自分に缶コーヒーをおごってくれた後、お決まりの文句で話を始める。

場所は芝川そばのタバコ屋隣の自販機群だった。

2004年だったが、暑かったか寒かったかは覚えていない。

自分は、相変わらずですよ、と笑顔で答える。

二人ともワンダを飲んでいたのだが、時にBOSSで時に金の微糖だった。

その先輩も特にこれといった話題もなく、なにを話したのかまったく覚えていない。

ピュアに見えるその人の色白の顔面と、なぜかそこの自販機で売られてるエキゾチックなコンドームのパッケージが今にして思い出されるだけである。

 

「まっちゃ、おれのちんちんのことについてなにか言ってた?」

突然の電話だった。

それから6年経っていた。

え、なんですか?

自分は状況がよく飲み込めなかった。

彼がなにかおかしいということだけはわかった。

え、なんのことですか?

自分は問い詰めるように言ってしまっていた。

次の瞬間、電話は切れていた。

電話を折り返したが、つながらなかった。

突然のことでなんのことだかわからなかった。

明らかにおかしかった彼を問い詰めるようにしてしまったことも悔いた。

が、そのことはいつのまにか頭から離れていた。

 

それから2年、2012年から地元に戻ってきてから時折思い出す。

昔は芝川など目に付かなかったが、ここは相変わらず流れてるんだな、と思う。

自分は芝川の濁り切った川面と渇ききった土岸、名もよくわからない雑草が乱脈した河岸を観てもの哀しくなる。

『キューポラのある街』では主人公のサンちゃんとその友達が舟遊びをしている。

ここから1キロ南下した川口中部だ。

江戸時代にはあのドブ川とつながっていた芝川はウナギの釣り場にもなってたのだろう。

なぜか、あの先輩と観たここの芝川では釣りをしてる人はいない

少し南下してサンちゃんが遊んでいた芝川まで行くとたまに釣り人は見かける。

今でも見かける。

しかし、なぜかここの芝川にはいない。

濁った水、雑草しか生えない土、とススキのような背が高い雑草、オオバコのような背が低い雑草、黄色い小さな花をつけてるキク科の雑草だけである。

当然、今も毎日合成洗剤が垂れ流しになっている。

『キューポラのある街』の少し後、排水の公害が問題になり始めた。

70年代頃だ。

自分やその先輩が生まれる少し前。

その頃は水俣病や田子浦のヘドロ問題の公害だ。

今は工場からは鉱物などから硫酸化合物が、家庭からは硫酸エステル(合成洗剤=界面活性剤)が垂れ流しになっている。

そして、それは仕方ないことだった。

水銀やヘドロに比べればマシだ。

自分は合成洗剤から出る界面活性剤先輩のあのことばを思い出した。

 

おれのちんちんについてなにか言ってた?

 

合成洗剤(界面活性剤)は水と油という相反するものを無理やりくっつけてその反作用で生物を殺すという。(自民と共産が手を組んだらなにか起こるのか?)

なぜ、あの先輩はあのときあんなことを言ったのか今でもわからない。

思い出すのは、あの天使のようなピュアな顔面、エキゾチックなコンドームのパッケージ、だけである。

そして、自分はときどき芝川を観て思う。

合成洗剤(界面活性剤)で傷ついてる水、雑草しか生えない土、乱脈する雑草。

そして、そこにはなぜか釣り人はいない

だから、釣り竿も見かけない。

人知れず黒鯉がタフに泳いでるだけである。