不立文字を立てた禅宗だが、釈迦の悟りを菩提樹下と見てるのか。
そのことを、マンダラについて書かれている本を読んでふと思った。
マンダラとは曼荼羅と書き、仏教では根本尊敬とされる。
マンダラについては、諸説あるが、真言密教にその端を発するらしい。
真言密教は6、7世紀のインドで発生しており、なんでもヒンドゥー教に対抗してつくられたという。
天竺とは曼荼羅の名なり、と日蓮は言ってるが、そこには古代インドの神話観が描かれている。
有名な毘沙門天などの四天、釈迦、多宝仏などの仏、阿修羅、竜女などの六道の衆生。
それもそのはずで、釈迦は霊鷲山で十界の衆生に法を説いたという。
せの神話観を捉えるために描かれたのが曼荼羅なのだ。
なぜ、神話と評するかというと、そこに描かれてる名前の大半が諸天善神だからだ。
また、釈迦如来、多宝如来などの仏までも、その迹地が十羅刹女という諸天善神なのである。
曼荼羅にも様々あるが、諸天善神が配置されてないものは少数派であり、それらのためと言っても過言ではないだろう。
また、日蓮仏法では日寛が描かいた曼荼羅があるが、特色として十羅刹女がいる。
十羅刹女は鬼の類いで鬼子母神の娘と言われる。
この十羅刹女が描かれたのは、江戸という泰平の世だったからでは?というのが私見である。
なぜか自転車屋のおっさんに挨拶された。
よく見かける人だがはじめて笑