今朝は9時起床。
早い時間に起きたのだが、何度も寝た。
金縛りにあうような夢を観た気がする。
暗く悲しい重苦しい夢。
その夢は人が人を縛りつける、ともすれば圧殺してまうのではないかというものだ。
愛しい者同士でもこういうことは起こりうる。
昔観たイタリアの映画で、女性が愛する恋人の首を斬ってしまうというものがあった。
あまりに愛し過ぎてたゆえに首だけにして自分の手元に置いておきたかったのだろう。
自分はその愛と狂気は認めつつも、その愛はエゴに他ならないと思う。
犠牲になったほうはたまったもんじゃない。
あまりに愛するがゆえに束縛する。
それは一面仕方ないのかもしれない。
ただ、相手を思うならば自由にしてあげる心意気を持つのが本当の愛だと思う。

昨日はキャリアカウンセリングだった。
担当員のUさんと他愛ない話から入り、自分がうっかり適職セミナーに行き忘れたことを告げた。
反省はしてるが悪びれもしない自分の様子を見て、Uさんは次の予約を入れてくれた。
それにしても社会人時代は予定を忘れることなんてまずなかったのだが、これもブランクなのか。
最近手帳をつけ始めたが、手帳を毎日見る習慣からつけるしかなさそうだ。
自分はゆっくり確実にやりたいから、最終試験になりうるホンキの就職は12月に受けたいと告げた。
あまり早いと自分の気持ちが定まる前に始まりかねない。
だから来年からでもいいくらい。
Uさんは自分の考えに納得したみたいで、じっくりやることに同意した。
その上で人間関係なんて、その場に入ってみないとわかんないと言っていた。
同意だった。
いくら就活しても面接しても職場の雰囲気はわからない。
働き始めて、最初に自分はこういう人間と言うことも大切だと。
いかにも納得。
ただ、自分のように自分があまりない人間はそこは難しいとも思った。
Uさんはそんな自分を分析するのにとある心理学会を紹介してきた。
そこでは9つのタイプに人間が分かれていて判断するのに使えると。
参考にはなるかもしれない、と思った。
ただ、それが人間関係に使えるとは思わなかった。
例えば9つのタイプでタイプ2の人間がいたとする。
そのタイプ2の人だからこんなことをすればいいと考える。
常時タイプ2ならそれで問題ないかもしれない。
それが自分と会ってる時はタイプ2でも他の人と会ってる時はタイプ3になってるかもしれない。
金曜日の明日はタイプ1かもしれない。
真面目なタイプな人も冗談が好きな一面もあり、真面目だから長く持続するのでなく、気が短い。
そうも捉えられる。
仏教では人を十の境涯に分けられるとする。
人間らしい人界や、動物のような畜生界、欲望が満たされた時の天界など様々。
それらは一瞬一瞬あらゆる縁に触れて変わっていく。
勿論、基底部と呼ばるその人の傾向の強い境涯がある。
例えば負けず嫌いで常に他人に勝ってないと納得しない人は、修羅界という境涯が強い。
基本、その境涯だが例えば子犬なんかを見たらかわいいと思って優しい気持ちになり菩薩界や動物らしい畜生界になる。
まさに生々流転である。
そういうこともあり、人間タイプ別分類は血液型診断のように当たらずとも遠からずというとこだと思う。