今朝は3度寝して12時起床。
リスパダール復帰した途端にこれだ。
昨日の和風ハンバーグが腹に残ってるのか腹はほとんど空かない。(0時頃まで起きてて、その時は腹が減っていた。)
眠れない興奮を静めようとしながら、近場で美味しいカレー屋がないか探す。
なかなか味のありそうな店はあったがぐるなびで星4つのとこはない。
逆に考えれば星4つあれば試してみてもいいかも。
自分はだいたい低評価のコメントを見てる。
低評価でもわざわざコメントするからには理由があるはずだからだ。
昨日見た市内にあるという二郎系ラーメンの店は低評価が数件着いていた。
そのうちのほとんどが接客が悪いといったものだった。
自分は数少ないついた低評価、そしてそのほぼ全てが接客を言っているということに注目した。
味についての低評価はほとんどない。(1、2件あったが)
となるとこの店は接客は無愛想なのかもしれないが味は万人受けするものだということだ。
良い評価は読むのが気持ちよくていい。
悪い評価の場合はあまり読みたくないが、何が悪いのか客観的に判断することの助けになることがある。

自分は自分の住んでるK市(わざわざイニシャルにする必要ないかもしれないが身近なことなので)の鋳物に対する評価をネガティブにしていた。
朝鮮戦争の戦争特需で持った産業。
たくさんの生命の犠牲の上に成り立った産業。
だから、今は衰退し、見る影もないのだ。
その考えは鋳物の大家鈴木文吾という人の人物伝を読んで変わった。
鈴木文吾は国立競技場の聖火台を手掛けるなどした凄腕の鋳物師。
彼は父からこんなことを言われたと言う。
「お前、こういう仕事をするにはな、嘘をついたりね、金を儲けようなどしたら、神社仏閣の仕事はしない方がいいよ。きれいな心でね仕事をすれば人間はね心の羅針盤があるからね、つまずかないで気楽に生きて行くのが職人の天職だ」
そんな鈴木文吾は、戦争はねぇ、あれはやっちゃいけない。戦争はよくねえ。としみじみ語っている。
氏は86歳の天寿を全うして2008年に亡くなっている。

この鈴木文吾と岡村元市長が一緒に写真を取った公園の慰霊碑は、自分が24歳の時住んでいたアパートのすぐ側にあった。
その慰霊碑の側は会社の行き帰りによく通った。
SL機関車のオブジェと1kmを超えるランニングコースが続くその辺りはどの時間帯も市民の憩いの場となっている。
そこから徒歩2、3分で着く産業市民会館で原水爆禁止の展示会をやったことがある。
その前年の岡村前市長も来た日中友好の展示会に旨みを感じた自分は、多少無謀にも再び展示会をやることを思いついた。
そこにも後輩K、先輩Nさんや友人A君などが来てくれた。
仏教ボランティアでお世話になっていたMさん夫妻も来て、地元密着の価値あるものになったと思う。
なによりも被曝した子供のあの生々しい姿を見て、戦争を原爆を身近に感じれてよかったと思う。

自分自身はほとんど価値のない落ち葉みたいなものだと思ってる。
でも、その落ち葉は積もり積もれば大地にとっての腐葉土となり栄養となりえる。
全く無意味ではないのだ。
自分を貶め過ぎるのはさておき、植物でも育てようと思う。
ゆっくりでもみずみずしく育ってほしい。
photo:01