朝7時過ぎ起床。
なんだかジメジメするし、神経も落ち着いてると言えない。
昨晩の餃子のせいか、食欲はなく麦茶にチョコレート1個。
昨日の飲食コーナーのお姉さんがヘルシアには抗酸化作用がある、と言ったが、チョコレートにもあったりする。
チョコは甘いだけでなく健康的らしい。
カウセリング(正確にはサイコセラピらしいが)の日なので通常よりも早めに家を出る。
母親がしきりに雨が降ると言っていたが、雲行きは怪しい。
カウセリングでは夢を話す。
夢診断というやつだ。
別に夢を話さなくてもいいのだが、自分は特に話すこともなかった。
カウセリングを始めた当初の自分は混乱していたし、カウセリングに懐疑的だった。
ただ、2週に一度会うだけで、なんの効果があるのかと。
ただ、結論から言うとやってきてよかったと思う。
そのただそれだけのことがくびきとなって、自分も回復の方向に向かい始めた。
自分に2週に一度ないし、定期的に会って親身になってくれる人がいただろうか?
もし、そういう人がいたらカウセリングは必要なかったのかもしれない。
でも、現実的には自分のような人も少なからずいるからカウセリング、臨床心理士のような仕事も必要になってくるのだと思う。
自浄作用の追いつかなくなった川における浄水システムみたいなものだ。
妹を見ているとしばしば大学の友達か誰かと会ってるみたいだ。
女子会(男子会もそうだが)は単なるストレス発散てだけではないのかもしれない。
チョコレートみたいだ笑
自分は2年近く前に携帯が壊れ、それによって友人とのつながりを失った(携帯が壊れるだけでつながれなくなるってのが問題だが、どうすればいいんだよという感じ笑)
不調の中でも、友人達にFacebookで歩みよったが冷たいものだった。
頑張らない奴、楽しもうとしない奴とは付き合いたくない。
そんな態度だった。
中には状況を察してか、手を差し伸べてくれる人もいた。
ありがたくもそういう人にはできるだけ迷惑をかけない範囲で甘えることができた。
それにしても、冷たくしてきた人の大半は、自分にとって身近な関係にある人で何かとよくしてきた人が多かった。
そういう人達が手のひらを返したように自分を虐げる方に回ったというのも驚きだった。
Iとは小学校の頃からの友達で、大学の頃再会して付き合うようになった。
ジャズが好きだと言えば、ジャズのサークルの会合に誘ったり、ボランティア活動に興味があると言えば、選挙の広報活動などもしたり、横浜に格闘技世界チャンピョンが来るとなれば、チケットを取って、誘ったりした。
誕生日の日にはかつての友人を集めて盛大に祝った。
バンドをやりたいと言うので、音楽をやってる友達ともつなげりした。
定期的に会い、イベントごとがあれば毎回のように誘った。
地元の飲みもよく誘ったし、自分の以前のフェイスブックで同級生や趣味友ともつながってたらしい。
そんな奴が自分にした仕打ちは、フェイスブックの友人申請のガードだった。
だけど、なんで?と言いたい。
自分が不調だったことが奴の適応外になったのか。
目の前で喉が渇き過ぎてもがいている人がいても見てみぬふりをするのか。
何も自分を犠牲にしてまで助けてくれ、と言ってるわけじゃない。
ささやかな優しさを示してくれれば、それでいいのだ。
知らない人や関係の薄い人なら仕方ないのかもしれない。
しかし、友人でありながらそれをすることはありえない。
自分がされてみればわかる。
朝から愚痴になってしまったが、吐き出したかった。
最後まで読んでもらいありがとうございます。
さあ、カウセリングだ^ ^