先日書いたが、今習い事を探している。


それもサルサ。


実は3年前まで多さがで働いていたが、その時友人に誘われてサルサパーティーなるものに行ったことがある。


東京の六本木のとあるパブ。広いところではなかったが、雰囲気のいいところで、

8.5割が女性という環境だった。


サルサ人口は圧倒的に女性が多いので、その分男性と踊ることがなかなかできず、女性が交代で男性パートをやっていると聞いた。


実際、そのパーティーでは多くの女性が壁の華となっており、皆わずかな男性に誘ってもらうのを待っていたようだった。


私が店に入った瞬間は今でも覚えている。


私が入ったその時、すべての女性の視線が私に集まった。


当然私は初めてで事情も全く分からなかったので、ただただびっくりしてなんでみんな私を見ているのだろうと不思議に思っていたところ、友人が説明をしてくれた。


あの時の感覚は今でも忘れることが出来ない。


男性がいるといっても、おじさんが多い。


だから私のような若い(といっても既に三十路に入っていたが)男性は貴重らしかった(笑)


しかし当然私は踊ることなどできず、ずっと見ているだけだったが、最初の2.30分はずっと女性の視線を感じていた。


私は結局踊ることはなかったが、アップテンポの曲でみな楽しそうに踊っている雰囲気はとても好感が持てた。


普通にクラブなどにいっても、知らない人に声を掛ければナンパと思われスルーされる世界だが、

サルサは知らない人と踊ってナンボの世界(にみえた)だし、皆マナーもあって楽しかった。


先日ちょっとしたことから話がサルサの話題になり、その時の雰囲気を思い出してしまった。


大阪に戻ってからサルサを習いに行こうかと思っていたが結局行かずじまいだった。


なので、今台湾人の人脈を広げたいということで、習い事としてサルサを探している。


サルサだとほとんどが社会人なので話も合うだろうし。


誰か台中のサルサ情報持っている人いませんか??




台湾に来て5か月が経過した。


今年の2月21日に桃園空港に降り立ってから今までを振り返る。

当初、中国語ゼロ、友人ほぼ台中にはゼロというところからスタートした。


最初の部屋探しが一番の難題だったが、台北の友人に無理を言って1日だけ手伝ってもらい部屋を決めた。


当初は言語交換の相手を見つけようと、ネットのサイトやなどで探していたが見つからず、

見つかってもお互いの興味などが合わず結局すぐに終わってしまった。


また自分で勉強をすれば、半年程度で日常会話くらい何とかなると思っていたが、

一人で机に向かっても面白くなく、まったく続かなかった。


学校のほうは月末から授業が始まり、当初はむちゃくちゃのスケジュールで、自分の時間も休みも全くなく、移動に莫大な時間をかけてコンビニのアルバイトもしくはそれ以下の条件で働いていた。


5月になり中国語の学校へ行くことにした。


やはり自分では全くしないし、友達に教えてもらうわけでもない。


学校で日本語を教えているので、中国語を使う機会は全くないため、これではいかんと始めた。


当初クラスはイギリス人の女の子とスタート。その後日本人女性が一人入って、イギリス人が帰国。


で、日本人女性もう一名入ったら、最初の一人が帰国、と入れ代わり立ち代わり、最初からいるのは私だけ。


語学学校のイメージはもっとみんないてわいわいしてると思っていたが、それとはほど多く勉強してるって感じ。


仕事のほうは、大分慣れたのと授業のスケジュールが変更になり随分楽になったので、少し自分の時間が出来た。


なので、中国語の学校に行けるようになり、6月からは近くの激安ジムへ行っている。


10回で600元。1年では7500元。格安だが設備は昭和レベル(笑) まあいいけど。


一応今でも続いている。


一番の問題は学校以外の台中での友達がいないこと。


休みも一人で外出、夜飲みに行くこともない。


三民エリアは学生ばかりで、バーもパブもないのが一番のネック。


それ以外はバスもたくさんありいいところなんだけど。



今は名刺を作っているのと(頼んだけどデザインがしょぼすぎてキャンセルするかも)、習い事を探している。


大阪にいるときにサルサに興味を持ったので、こっちで初めてもいいかなと思っているが、

なかなか時間が合わない。


なんか一人で踊るサルサとかもあるけど、何が面白いのかわからない。


ペアで踊るから面白いんだろうに。



もっと動いて忙しくしないと、全部中途半端になってしまう。


もう5か月。急げ!



先週末、家の近くにあるお寿司屋さんに行ってきました。


ここはいつもバスで前を通るときに気になっていたお店。


時々行列というかお店の前で待っている人もいたので、結構おいしいのかなと思い、

今回ようやく突撃。


ただこれまでいったところも、人が並んで待っている割に、味と料金のバランスがとれてなく、

満足いかなかったので、ここもそこまでの期待はしてませんでした。




ということで、今回は五櫂路沿いにある、学士路から西へバイクで1分、”和寿司”です。


中友デパートから歩いて15分。バスでも4駅くらいかな。


台湾(台中)ひとりたび・・・

頼んだのは、10貫230元のセット。普段はあまり食べないいなり寿司やボイルエビ、軍艦なども入っていたので、まあ来たときは、うむむ・・・と思っていました。

台湾(台中)ひとりたび・・・


肝心の味ですが・・・・・うまかった!特に烏賊がくさくない。


台湾に来て食べた烏賊は種類が違うのかどれも独特の臭みというか味があったのだが、ここのイカはそんなものは全くなく、とてもやわらかくておいしかった。


(烏賊と生タコという安いネタでその店が判断できます。)


他の握りもネタが新鮮そのもの、味も問題ありません。


ちょっというと、シャリが大き過ぎるかも。シャリのボリュームが少々主張するのですが、まあネタも厚くて大きいので、そこまで気にならかった。

台湾(台中)ひとりたび・・・


そしてこの雲丹。一番最初に来た1貫80元の雲丹。まあ高いのですが・・・・これが最高でした。


上に黄色く乗っているのは柚子の粉。

とても気に入ったので最後の最後のにもう1貫追加してしまいました(笑)


ここに行った方は絶対食べてね。

台湾(台中)ひとりたび・・・

味噌汁は30元だったかな?海苔、ネギ、豆腐と見た目の具だけですが、蟹の出汁が効いてて、味も繊細。味噌汁は全く期待していなかっただけに、これはよかった。



台湾(台中)ひとりたび・・・

最後会計に立ちあがったら、なんとデザートがあるとか(無料)

なんとこの暑いのにアツアツのぜんざいでした(笑)クッキーも。でもこのぜんざいも甘すぎずあっさりとおいしかった。

普段はあまり好きでないので食べないのですが、全部食べました。

台湾(台中)ひとりたび・・・

他の寿司屋に比べて値段もリーズナブル、味は良し。
台湾(台中)ひとりたび・・・


このお店は家も近く安いので、また行きたいお店です。ようやく見つけることが出来たお寿司屋さん。


点数は10点中8点!シャリがもう少し小さかったら9点出てましたね。


今の一押しです。


~和寿司~


皆さんもぜひどうぞ!

すぐにサボってしますブログ。


気が付けば前回更新から1か月以上。


自分の為にもと始めたのにこれはいかん!



台湾へ来て4か月、教師として3か月。


もう1年くらい居る気がする。


ただ、教え始めて3か月経って、改善しなければいけないところがはっきりと見えてきた。


もう一度他の先生の授業を見学させてもらって、勉強しないとダメです。


最近マッサージにようやく言って、相当ストレスでコリがひどかったのに気づき、


マッサージ後は随分体が楽になりました。


やっぱり定期的なメンテナンスは必要です。


お金をケチってはダメですな。



台湾に来手4か月。


5月から中国語の学校に週2回、計4時間通っていますが、


普段全く中国語を話していないので、ほとんど上達せず。


本当は毎日午前中、大学の中国語講座を取って勉強したいが、スケジュール的に絶対無理。


これでやるしかないかなあ、と考え中。


後はやっぱりローカルの友達をもっと作らないとです。


実は今サルサ教室か武術教室を探しています。


この機会に何か新しいことを初めて友達も作ってしまおうという作戦。


これも考えてばかりではいつまでたっても同じなので、早々に動かないといけない。



こんな感じです。



最近は雨が多いのと暑いので死にそうです。イライラするし。


これからもっと暑くなるのに、大丈夫かな、俺(笑)


この間の日曜日に、台中の引越しを手伝ってくれた友達のおじいさんと会うことになった。


現在91歳なので日本語は話せるのだが、身近に日本語を話す人もおらず、私と話したいということで、台中の北の豊原までいってきた。


そこからバスと車で約45分。気が付けがあっという間に山の中。


梅の木に囲まれたところに彼女の家はあった。


到着するとすぐにおじいさんに会った。


他にも3人の家族がいたが、早速おじいさんと日本語で会話を始める。


お祖父さんとはかつての日本統治時代の話とその大陸から国民党が来た後の話を聞いてみた。


日本統治時代に日本政府や日本人は台湾人をどのように扱っていたのか。


もちろん台湾人の日本に対する思いは聞いていたが、直接その時の台湾人から話を聞いたことがなかったのでぜひ一度聞いてみたかった。


おじいさんは学徒としてインドネシアのボルネオへ行って兵站業務(物資輸送とか補給とか料理とか後方支援全般のこと)に携わっていたらしい。


その時の敵はオーストラリアだったので、どうやら今でもオーストラリアが嫌いだそうだ(笑)

(私がオーストラリアに留学していたことはヒミツにしておいた)


当時の日本政府に対する反応はいいもので、台湾が大きく発展し、教育も受け、秩序のある社会を作ってくれたという話だった。


どうかと思いつつも思い切って慰安婦についても聞いてみたが、おじいさんの話ではやっぱり全部志願して給料をもらった仕事としての慰安婦だったとのこと。



また、その後大陸から蒋介石がわたってきて台湾の知識人を虐殺し、盗みや暴力、女性への暴行など本当にひどいことになっていたという話も聞いた。


台湾は50年もの間日本だったので、日本人と同様のモラルを持っていたが、教養もモラルもない大陸からの中国人(外省人)色々な面で破壊されたということだった。


もう91歳なので多くの単語は忘れていたが発音は日本人の発音と変わりなく、とてもうれしい気持ちになった。


その後日本の歌を2曲ほど一緒に歌ってみたりもした。


自分の子供にも教えていたらしく、そばにいたおじさんも一緒になって日本語で歌った。


帰り際に、また遊びに来てください、と言われとても暖かなうれしい気持ちになれました。