「私に勉強を教えてください!!」
甘いカクテルのように赤と黄色が上下を分けて混ざった夕暮れはつまらなく灰色の校舎をその色に染め上げていた。
そして今僕の目の前には、近くの高校の制服を着た女子生徒が頭を下げていた。
一体なんだ、この状況は。
『放課後サイコロジー』
「私に心理学を教えてほしいんです」
「いや、さっき聞いたし」
僕が反論した途端に彼女は態度を変えた。
「はぁ?だから、こんなに頼み込んでるんだから教えてよ、心理学」
「いやいやいや、ちょっと待て、なんだその態度は」
「猫かぶるのに疲れたにゃん」
キャラクターの崩壊がすごい。少なくとも一行目の文だけを見たときの彼女は純白のセーラー服で髪の毛は黒くて長い。黒髪ロングヘアーは僕の中で純白で純潔の象徴である。しかし、実際は近くの高校の制服の上に馬鹿みたいな色をしたドス濃いピンクのパーカーを着て、髪の毛はショートの金髪だ。僕の清楚という想像からは北海道から沖縄ほどにかけ離れた存在。
それなのにこの女は勝手に僕の自習時間を邪魔してまで自分の興味欲求を満たそうと言うのか、僕は何1つ満たされないのに!
ん?というか。
「そもそも、君はどうやってここに入ってきた?」
ここはうちの大学が自習をする生徒がみな満足して過ごせるようにと作った、完全個室、完全防音、ウォーターサーバー、おでん缶の自販機。勉強に必要なものが全て揃った部屋になっている。ツッコミどころとしては、なぜカップヌードルやパンの自販機ではなくおでん缶だったのか、秋葉原なのかここは、というところだが僕は気にしない。
確かに一般の生徒でも使うことはできるがこいつは女子高生だ、なのになぜ?
「フロントのお姉さんに『あのお兄さん知り合いなので入ってもいいですか?』って指さしたら『どうぞどうぞ』って笑顔で入れてくれたわ」
お姉さん⁉︎なぜなんだ、見ず知らずの女子高生が僕と知り合いと言えば簡単に案内できるのかあなたは!フロントのお姉さんへの失望感は拭えなかったが入ってきてしまったものは仕方がないか…。
「毎週、月、火、木、金曜日に来てるんだよね?それもお姉さんが言ってた」
お姉さん!!僕のプライベートは、僕のプライベートはどこに言ってしまったのですか⁉︎お姉さんは見ず知らずの男に「あの人は月、火、木、金曜日の仕事帰りにジムで体をシェイプアップしてるんだぜ」と把握されていればそれは気持ちの悪いことだろう⁉︎人にやられて嫌なことは自分もやらない!これ基本である。そしてお姉さんがジム通いなのかどうか僕は知らない。
「そ…そもそもだな」
「ん?」
「お前には頼み方というものがなっていない、お姉さんにここに入れてくれというのも、僕に心理学を教えろというのにもだ」
「頼み方って…なによ?」
「ドア・イン・ザ・フェイスとフット・イン・ザ・ドアという言葉知っているか?」
「扉の中に顔、足の中に扉」
「どんなオカルト現象だ。というか、直訳しろなんて言ってない」
どうやら基本的な情報もなにも持たず僕に話しかけてきたらしい。しかし、これは僕の頭の中を整理するのにもちょうどいい人材なのかもしれない。
「分かった、君に心理学を教えてあげよう」
「え!マジ?教えてくれるの?」
「あぁ、その代わりと言ってはなんだが…」
「ん?」
僕は向かいに座る彼女の顔に思い切り顔を近づけて「僕と付き合ってくれないか?」と言った。
「えぇぇぇぇえええ⁉︎」
彼女の奇声が部屋中に響き渡る。
この部屋が完全防音で良かった。もしこの声が普通の図書館で発せられた声ならば、僕は彼女に何かしたのかと勘違いされ警備員に捕まり、学園長室に呼び出され「君の噂は聞いていた、実に優秀な生徒だったというのに…残念だ」と強く学園長を失望させて刑務所に入れられていただろう。途中かなりポジティブであったが僕ならその領域までに立っている自身がある。
「なにを言いだすのよ突然!!」
「ダメか?」
「ダメに決まってるでしょ⁉︎初対面よ?あたし達!バカなの?」
初対面なのに勝手に自習室という僕のサンクチュアリへと侵入してきたのに彼女は怒鳴り散らす。はぁ、全く。これだから自分勝手な人間は苦手だ。
「そうか…ではそこのコンビニまで付き合ってくれ」
「えっ…?なによ、急に、それくらいなら」
「これがドア・イン・ザ・フェイスだ」
「は?」
僕は彼女と付き合う気などさらさらない。興味もない好みでもない。全てはこれを身をもって彼女に教えるための会話だった。
「ドア・イン・ザ・フェイスとは最初に現実的ではない大きな要求を提示して、相手に断られた時、要求のハードルを下げることでオーケーをもらう交渉方法のことだ」
「な、なによそれ!あんた興味もないのにあたしに告白したわけ⁉︎」
「そうだ、身をもって理解しただろう」
「むかつくわね」
この方法を使う際、相手にいかに「最初の要求よりはマシか…」と思わせることがポイントだ。
例えば親に「あのゲーム機買って、買って、買って欲しいのーーー」と駄々をこねた時「高いからダメよ」ぴしゃり。とはっきり言われたとしよう。そこで涙目でこの一言「じゃあ、マンガでいい。ワンピースの最新刊買って」ぐすん。「まぁ、マンガなら…いいわ」となる事だろう。しかし、少年の求めているものは最初からワンピースの最新刊…そうつまり少年は心の中で「計画通り…」にやり。と死神を連れた高校生も拍手を送るような策士だったというわけだ。
「で、そのもう一個の方は?足の中に顔」
「せめて足の中に扉だ。それも違うし」
彼女との会話は頭が疲れる。しかし、他のみんなとは違い、探る必要もなければ、相手の答えに構える必要もない。
こんな感覚は久しぶりだ。話すことが楽しいなんて。
「フット・イン・ザ・ドアは小さい要求から大きい要求へと発展させる方法なんだ。最初に要求を飲んでしまうとそのすぐ次に来る要求を断りづらいということもよくあるだろ?」
「あー、確かにあるかも。友達にリップ貸してって言われて化粧ポーチからリップ出して渡したら、これもそれもってフルメイクできるほど貸し出したことあるもん」
「メイクのことなどはよくわからないが、まぁそんなところだ」
「ふうん、やっぱり楽しいね心理学って。結構気軽にきたけど聞けて良かった」
ありがとうねと言って彼女は笑った。
「来週もくるから」
ん?
「待て、来週もくるってここにか?」
「そうだよ、毎日でもここにきたいくらいよ」
「毎日⁉︎それは困る!僕にだってプライベートがあってだな」
「じゃあ週2だね」
「え、週2…か」
まぁ、毎日来られるよりはマシか…
「分かった、その提案を飲もう」
「ふふ、バカだねあんた。約束だよ」
約束を交わした後に気づいた。してやられたな『扉は顔の中』とやらに。
