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 みなさんは「こだわり」というものをお持ちだろうか。
 私には無い。こだわり。
 こだわりというのは誰にも譲れない思い入れや、自分の中で妥協できない部分を指す。ないない、もっとない。
 思い入れ?良いことも悪いことも寝れば忘れてしまうという都合のいい僕に?
 妥協できない部分?日々諦めと、「どうでもいいや」の感情で生きている僕に?
 あるわけがない。そもそも、私にはあまり自分がないのだ。他人が好きなものが好きだし、すぐに映画や漫画の影響を受ける。SPECを見れば「おれにも未だ見つかっていなSPECが…」と考え、アオハライドやorangeを読めば「結局心に闇を抱えたミステリアスな奴がモテるのか」と嘆く。普通の人間である。
 しかし、周りの人たちや、家族がそうとは限らない。
 ここ最近で本当に私が羨ましく思うこと。それが「こだわり」を持つ人たちだ。
 いいなぁ、なんかなんでもカッコいいじゃん、こだわりって。こだわりのスープ、こだわりのテーブル、こだわりのアクセサリー、こだわりのAV論、などなど。
「こだわり」と付けばなんでもカッコよく聞こえますよね、ね!
 確かに中には、クセが強い、面倒な人とこだわりを持つ人を卑下する人だっている事でしょう。しかし、大丈夫。その人はそんなあなたが羨ましくて嫉妬しているか、クソだ。だってそうだろう、自分が好きでそれにこだわりを持ち続けているのにそれを否定されるなんて納得できない。もしかするとその人は「人を否定、非難することにこだわりを持った人」なのかもしれないが、それはそれでいいと思う。でも、器ちっちゃくね?

 日々自分に問う。
「お前の好きなことはなんだ?」と。
 私は答える。
「ねぇ」と。
 あることにはあるのだが…、それはあくまで趣味、趣味なのだ。こだわりと呼べる代物なのかは主観的に見て定かではない。
 例えば私はジャニーズアイドル「嵐」が大好きだ。もうかれこれ八年は好きだ。好きな曲は「もっと、いまより」や「春風スニーカー」であり、好きなメンバーは二宮和也であり、好きなソロ曲は「20825日目の曲」である。分からない人にはだいぶマニアックな曲だろう。分かる人には「え、なにこいつマニアックな曲言っとけばいいと思ってる?」と非難ごうごうだろう。そう言われたって好きなんだもん、仕方ないじゃん。
 このように好きなことに対して話し合ったり、共感しあうことは可能である。だがしかし、それはあくまで友人や知人との会話のネタであるだけで「こだわり」ではない。
 これは意外と難しいことになったぞ。
 多分、私は自分のすごく好きな人が「え、嵐ファンなの?」と怪訝な顔をすれば「なーに、言ってんだよ。おいらが一番好き歌手はサカナクションさ」と一瞬で嵐の存在を遠くへ投げ捨てるだろう(ごめん、嵐、でも本当に本当に大好きだ)。この意見を聞いて「はぁ?ふざけんな、好きとか言ってんじゃねぇよ、そんなやつがファン語るな、大気圏外に飛ばされて考えることをやめろ」という人物がいれば、その人を心から尊敬する。それはあなたのこだわりの強さの象徴であり、嵐が大好きでしょうがないという証だ。
 私もそんなこだわりが欲しい。好きになれるものが欲しい。
こだわりとは強さであり、自我であると思う。
私もここまで書くのにそれをがっつりと感じさせられた。
自分がないとこだわりが持てない、人から空っぽでつまらない人というレッテルを貼られてしまう。
そんなのは、嫌だ。
決めた、私はこだわりを探そうと思う。何か強く打ち込めるもの、かけがえのないもの、自分にしか分からない(ほかの人は知らなくても、自分さえわかればいいと思える)もの、誰かと共感しあえなくてもこれが好きな自分こそが自分と思えるもの、探してみたい、見つけてみたい。
僕ぁ、自分を見つけるぞ。

とりあえず、嵐のファンクラブに入ろう。
八年間も好きなのにごめんね。
すべてはここから始めよう。