2005年11月●日
今から父の手術が始まります。
3時間かかるみたい
母も病室から応援。
じつは
このとき父もがんを患っていました。
会社の健康診断で見つかって。
早期発見だったので、放射線治療ですみました。
両親が同じ年にがんを患うってあまりないですよね。
でも、父も母もケンカばかりしていた時期だったので
リセットという意味だったのかな。
2005年12月31日
毎年言ってるけど、なんだか大晦日って気がしない。
2005年はいろんなことが凝縮された
印象深い年になりました。
それぞれ別方向をむいていた家族が
病気をきっかけにお互いを想うようになって
そうすると連鎖反応で
何年も疎遠だったひとも集まってきて
なにか、とても大きな輪が動いた1年でした。
2005年12月23日 発病から約7ヶ月。
急性骨髄性白血病で母が他界しました。
私は、最後に間に合いませんでした。
こういうとき、近くにいられないって困りますね。
実家で倒れ、病院に運ばれ、点滴をうつため
しばらく時間かかるから、家で待機しててと母が父に伝え
父が家に戻ったとたん、容態が急変。
あっさりひとりで旅立ちました。
誰にも最後を見せずに。母らしいです。
実家で息を引き取ったのではないので
警察を通すこともなく、しずかに病院から実家へ戻りました。
クリスマスだったので、家族だけの密葬に。
最後に会いたかったと母の友人が言ってましたが
身内だけで精一杯でした。ごめんなさい。
弟の友達たちが鶴を折っててくれてたみたいで。
その沢山の鶴を棺に敷き詰めて
母のお気に入りの浴衣とともに
母の好きなカーペンターズの曲をお経がわりに
かなりオリジナルのお葬式でした。
名づけて、クリスマス葬![]()
母はクリスマスの飾りつけするのが大好きだったので
家に沢山あるクリスマスの飾りを持っていきました。
ずっと支えてくれたみなさんに感謝します。
「ひとりじゃないよ」という言葉に
どれだけ救われたことか。
そして今年は4度目の命日。
母のことを思い出さない日はないです。
親の死は、みんないつか通る道。
どういう死に方するのかは
どういう生き方するのかと同じで
あせらずとも確実に訪れる最後の日まで、生きたくても生きられなかった母の分まで
丁寧に暮らしていきたいと思うわけです。