私、妹、小学3年生の姪と3人で、ドイツに向け出発。
20日   11時半  羽田発ヒースロー行きの
JALに乗るため、朝一の高松発に乗りました。
ヒースローまで行き、ハンブルク行きに乗り換えます。



羽田第一ターミナルから、連絡無料バスで、国際線ターミナルに混雑もなく移動。
予約しておいた  Wi-Fiレンタルも無事に借り、あ〜あ、あと2時間以上あるわ〜、と余裕で出国ゲートをくぐりました。



とりあえず、乗り場の確認。

え!!  遅延! しかも  1時間!


これは、いち大事!  
乗り換え時間は元々110分しかなかったので、ずっと気になっていました。乗り換え間違いはできません。前回もヒースローでしたが娘が一緒にいたので、あまり覚えていません。
この時間じゃ、絶対に乗り換え不可能確定。



でもJALでよかったぁ、これが、外国の飛行機だったら、相談に行っても乗り換えの説明するなんて絶対無理だった!!、トラブル起こりながらも 窮地の中に光を見つけ妙に余裕  



思い出した!昔、新婚旅行で行ったロンドン。
地下鉄で移動していた時、あ、この電車じゃないわ、と、乗った後に気づき、私だけ降りるの遅くて、目の前でドアが閉まりました。そんな事を思い出したりしたのですが、その時も、英語喋れないのに、「よかったぁ〜英語圏で」。。





そのうち、乗り換え便のハンブルク行きは、「その日の便は満席で予約不可能翌朝なら取れます。」と言われました。



それってどう言う事!えー‼️ 
ロンドンで1泊‼️   なんと言う事。一気に不安が広がりました。でも乗れないんだからしかしたないし。。そうするしか他に方法もないし。
ここは覚悟を決めて、受け入れるしかない。



しかも、今の時点ではホテルは取れていなくて、どこになるかわからない。「こちらからも連絡は入れるが、今は時差で、まだ連絡がつかない。到着後、自分で日本語がわかる現地スタッフと交渉してください」



そんなぁ〜  しかも
てことは日本人違うんやえ〜
日本語解るからなんとかなるのかな。とにかく空港の近くのホテルにしてほしいとお願いして、飛行機に乗りました。街までなんていけるはずもない。こんな急に。。そりゃ、ペラペラだったら
街中のホテルにしてもらうわ。



羽田に置き換えて考えたら、「やったー!!  着くの夕方だし、まだ銀座にも行ける!」て、なるよな。喋れないからこんなに不安になるんやわ。
と妹とも喋り。



でも、この事を、とりあえず家族には伝えておかなくちゃ、、、で、返ってきた言葉は、
まあ、もちろん
「それは大変!気をつけて」。の、言葉。
その後に、、、
「ええな!ロンドン:」 「楽しい旅になりそうやな」 。。




数年経って思い出話をした時に思い出すのはきっと、真っ先にこの事でしょう。思い出話のランキングに入ること間違いなし!の出来事です。
姪にとっては、初めての海外旅行。スタートから思い出深い旅行になりました。なんでも前向きに







ハンブルクで、迎えに来た娘含め、4人で泊まろうと予約していた初ドミトリーは、ラッキーな事に、ロンドン泊が決定した時点で、まだキャンセル可能でした。
ギリギリ、キャンセル料もかからずに済みました。
残念ながらドミトリー体験はできなくなりましたが 




やがて、飛行機が到着し、機内を出たところで、現地担当スタッフが名前を書いて待っていてくれてました。ニコニコした40歳くらいの女性。でも、日本語全く喋らない。多分喋れない?しかも英語も聞き取りにくい。訛ってるのかな。そうでなくても私のヒアリング能力低いです。たまにちちらっと聞き取れた単語から、できる限りの想像力を膨らませて、聞いてます



ホテルが決まった事、JALからお金はすでに支払われていると言う事、ホテルとターミナルは無料バスで移動出来る事。夕食、朝食が付いている事が分かりました。自信なく不安だったので、日本人の係員の方にもさらに確認しました。




そして、出国審査。普通よりいろいろ質問されました。またまた必死で想像力働かせてなんとか切り抜けました。すると、また、先ほどの現地係員の方が待っていてくれてました。親切対応!よかった〜
荷物も取っていてくれて、バス停まで案内してくれました。そしてどうにかこうにか、空港周辺のホテルを巡回しているバスに無事乗れました。






そして、またまた、ほぼ想像力のヒアリング力で、なんとかチェックイン。
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ここまで長かったなあ
明日はようやくハンブルク。



朝早くホテルを出発しなければいけないので
明日に備えて、はやくねよ〜