あの時どうすれば
新生児死した第一子のとき
今とは別の病院不妊治療していた
そこであった誤診によって
私の残りの人生は
大きく変わってしまったと思っている
2回目の心拍確認で
稽留流産と診断された
陣痛に匹敵する腹痛で
自然排出することは出来たが
その後、謎の大量不正出血を繰り返し
極度の貧血でまともに歩くことも出来ず
タクシーでなんとか不妊治療していた病院に。
それでも子宮内は綺麗だし
不正出血の原因は分からないと
言われた
その後も大量不正出血を繰り返し、
近所への外出時に大量出血して
道端で倒れ、警察のお世話にもなった
さすがにおかしいと思い
別の産婦人科へ。
すると不全流産と診断され
家に帰ることも許されず
その日のうちに入院して手術した
その後、妊娠出産したが
出生時、すでに我が子は瀕死で、
1ヶ月後死亡
病理解剖など色んな検査を経て
1年後、私の免疫が我が子を敵とみなし
攻撃したことによる
死亡の可能性が高いとされた
直接的な原因は分からないものの
長期不全流産放置により
不適切な胎児との粘膜の接触が続いたことは
今回の結果に起因した可能性も
あるかもしれないともされた
そして第二子も同様に
死ぬ可能性があることも説明された
それでも我が子また会いたいと思い
正常胚を戻しても流産を繰り返し、
免疫異常の影響が疑われている
もしあの時最初から
染色体異常がない胚を選べていれば
もしあの時自然排出でなく
手術を選べていれば
もしあの時問題ないと言われても
すぐに別の病院で手術することができていれば
もしあの時あの病院を選んでいなければ
たらればを思うとキリがない。
あの誤診が我が子の死や
今の不妊治療に影響していると
断定出来る証拠はない
こうなってしまった以上、
病院に対しては恨むことしか出来ない
あとはこの体で
どうやってまた我が子に会うか
1人の信頼出来る医者に出会えることは
本当に幸運なことだと思う
でもみんながそうなる訳じゃない
だからこそ現状を自分でよく調べて
医者の言うことを鵜呑みにせず
自分に必要なことを
自分で見極める力が必要だ
お金だって有限だ。こうやって、
未来を模索しなければならなくなって
挑戦し続けるのもタダじゃない
本当は病院を訴えたいくらいだけど
平坦な道のりとも思えないから
誰かを恨んでる暇があったら
今は第二子に向けて全振りした方が
目標への近道と考えている
如何なる時も
自分を守れるのは
自分だけだと
強く思うのでした
おしまい。