右足だけ行ったリハビリで、父にお願いした。

右足はどこを触ってもわからず、触るのは、指、ボールペンはだめで、ケーキを買ったときについてきた小さい保冷剤だと、股関節、膝、足首が触られている区別はついたが・・・

正直なところ、凍っているものを触れさせなければ、どこを触っているのかわからなかったのはショックであった。

触られている場所がわかっていない。
2箇所触っている。2箇所のうち1箇所を感じている自分で感じたものがあるのに、意味がないのか?

自分が感じたものが全くないわけではない。

正しい感覚を知りたいから、感覚を回復するリハビリにおいて、間違いを起こしている場所を修正したい。

自分の感覚を左右するのはやっぱり何を使って触っているかだろうか?

父が選んだごわついたスポンジに変えると、自分が感じるものは、痛み、過敏反応、違和感
などに変わり、記憶しやすい感覚ではあった。この感覚であればかなりどこを触られているかがわかった。

触られている場所がわかっていないときの方が正常な感覚であったように思える。

でも考えてみれば、右足はかなり重症な感覚障害にあった。
触られている場所がわかっていないときの理想的な感覚が感じられるわけがない気もする。
ごわついたスポンジの感覚が現実だった。

今までリハビリでたくさんやってきた目を閉じて行なう「感覚の課題」。
今朝透析へ向かう送迎車の中でふいに、「感覚の課題」は感覚に集中させたいから目をつぶるんだよね・・・と思った。
私は耳が聞こえない分、集中しやすい環境にあるのかなあと思った。
訓練次第で本を読みながらリハビリにも集中・・・なんてことができたりして・・・
常に聞いていないということは、人とは違う注意の仕方ができる許容範囲みたいなものが増えているのかも・・・
それは難しそうだが、目を閉じなくても視界の情報を意識的にある部分ブロックして壁でイメージを見ていたことが先週のリハビリであったなあと思った。

送迎車の中で窓の景色をぼんやり眺めて、開いていた左足をまっすぐにしてみようとした。思ったより楽に左足はまっすぐになっていた。これって他にも使えないのだろうか。
寒さや疲れがあると口を閉じることができず唾液が流れるのは困っているが、集中次第で唾液止まっているので、その時は口は閉じていると思う。透析開始前の移乗ではいつも緊張があるのだろうか口は閉じることはできない。でも今日は口は開かなかった。
自分はわかっていない集中の仕方とは?
 

先週も今週も、午前中リハビリ終了後、午後に父にリハビリをお願いしている。

今週も先週と同じ、腰と股関節の感覚がうすいところへ、スポンジによるリハビリをお願いしようとした。
でも今週のリハビリで座っているとき、押さえいないと踵を地面につけることはできないことはわかっていたつもりでも、左足に比べ右足の関節はこんなにじっとできないものだったっけ?と思った瞬間があった。(リハビリ終了時には両足とも動かずじっとしていたが・・)
感覚がわからなくてじっとできないが、感覚が少しわかると落ち着きだすのが自分の身体ではよくある。
右足の全部の感覚を感覚を調べることをお願いした。
(4月下旬に全身の感覚を調べたつもりだったが足の後ろは調べていないことがわかったので・・・)

右足にはほとんど感覚はなかった。
掛け布団の中で、左足はおおよその形は予想できても、右足はどんな形かもわからず、ほぼ毎日夜中に膝がひどく曲がり強い痛みで目が覚めることが最近なくなったのだ。

右足の太ももの脇にうっすら感覚を感じたが、右足の後ろ側は無感覚であった。

この感覚の確認は、ズボンは脱いで右足の皮膚を直に指で押した。でもほとんど感じないところがたくさんあった。


試しにスポンジでこすると、スポンジ3つの区別は無理で、2つなら時々わかる?レベル。
確認をはじめたばかりなのにもう足首で確認しているの?と感じちらっと足を見たら、膝の少し下をスポンジでこすっている最中だった。右足は、スポンジでこすられている場所がどうもわかっていないみたいだ。

父 「右足のリハビリには時間がかかりそうだね」
私 「う、うん・・・」


今回右足の感覚を確認した場所は、今のスポンジを使うリハビリ方法でいいのかな。



 

前回リハビリ後に、先生に教わったスポンジを押しあてるのではなくこする方法で課題を行なってみた。
感覚のない場所でスポンジをこすったところで、最初のうちは何も感じなかった。
ただ父のスポンジをこすっては違うかたさのスポンジに変えるスピードは速すぎる気がした。
でもリハビリはスピードにも大事だろう・・・スポンジのこする動きは、押しあてられるときよりも、スポンジのわずかなりっかかりみたいなものを感じると思った。 こする速い動きは、スポンジのかたさの違う表面が作る強弱があると感じた。かたいほど強く感じた。

この2つを感じると、課題は最初はさっぱりわからなくても、わずかな感覚が生じていると思って、それを手掛かりに(たぶん自分が感じたものはスポンジのかたさを表しているのか?)答えていくと、不正解が減って収束していた。

いつもよりはやくわかると感じ、今は感覚がわからない腰付近の課題を行なっている。
感覚がわからない麻痺の右手でやってみたらどうなるんだろうと、右腕二の腕で試した。 最初は案の定わからなかった。でも答えていくと時間はあまりかけずに、考えるというか感じて答えているのに近く感じた。右手は動かないが、自分が思うほど感覚がないわけじゃないのだろうかと思った。
 

父にお願いした。
どのようにリハビリを行うか、私のわかりにくい説明で父は理解しなければならなかった・・・


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まず腰と股関節のあたりに感覚がないところを調べる

方法は、
指で押してみて、感覚がなかったら、そこへマジックで皮膚に直接肌に丸を書く(もちろん水性マジックで)
               
丸のある部分に、かたさの異なる3種類のスポンジをやわらかいものから順番にあててスポンジのかたさを私が記憶する
                      
記憶ができたら、3つのうちの1つのスポンジをあてる

その感覚が、3つのうち何番目に記憶したものに近いか、目をつぶって答えられるか


私は聞こえないので、

父が指で押したときやスポンジをあてたときは私の肩をたたく

感覚がなかったら私は手を上げる
何番目のスポンジか、指で数字で答える

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スポンジをあてるときの力の入れ具合はどんな感じだろうかと思った。(強さとか押しあてるスピードとか・・・)記憶のしやすい方法があったりするのだろうか。スポンジの硬いものと柔らかいものとの区別はつくと思っていたのにわからなかった。感覚がなかったのは、右の腰や股関節辺りであった。
腰付近に、感覚があるなしの境目があるらしいことがリハビリ中に確認していたため、このリハビリを行なっている。

2017/05/23リハビリ時に、実際の父のリハビリを見ていただき先生から助言がありました。スポンジをあてる→こする

3日前からだろうか、車イス上でもベッドでも足裏がしびれている。
昨日の訪問入浴後にはじめて自分の足首から下にクリームを塗っていただいているのがはっきりわかった。

すごいと思って、夫に靴下をぬがせてもらい、見ないで足のどこかを触ってもらい、私はpomeraに入力し夫に見せた、
だいたい触られている位置が感じられ、くるぶしが触られると距骨が触られていると感じてしまう。確実には触られた場所はわかっていない。
 

今朝は左手の甲に何かを感じ目が覚めた。
右手が左手の甲の皮膚をずらすように押して動かしていたのだが、右手にそのような感覚は感じられず、感じられたのは右手全体が「うーん」と伸びをしている気分だけだった。
 最近右手の肘は折りたたみ式のように曲がり、右手の手のひらは肩付近にあることが多く、自分で肘を伸ばすことが多かったが、今朝の右手の動きは驚いた。 ブログを書いている今も、右腕は重くだるく、存在感がありすぎる。 
 この原因は、先週訪問リハビリの先生の廃用手が使える手に回復したお話を知ったことが影響したと思っている。
先週はいろいろな人の両手の動かし方を見入ることが多かった。当然だが両手が自由に動くには身体は柔軟でバランス感覚がいいと感じた。

ちなみに私は1回目の脳出血で重度の右片麻痺になったのは約15年前である。
その約2年後に認知運動療法を開始して、それまで1日中頭はもうろうとしていたが、霧が晴れたように頭がすっきりし始めた。と同時に自分の右手は廃用手で動かないことをようやく認識できた。そして現在、動かない手が動く可能性を知ると、自分にはあてはまるのだろうかと思いつつ、自分の脳にはインパクトのある情報として記憶されたに違いないと思うのである。

 

今日は9時過ぎに目が覚めてりリハビリがあった。

先生は私の足のどこを押さえているのかな。見えない・・・
横になると右手は大抵、折りたたみ式のようにきゅっと肘が曲がる。
曲がる力は弱いので、リハビリ中は、左手の指で右手を持ち、肘の曲げ角度は90度程度に保ってみた。

足首を曲げようとしてくれているはずだけど、足首曲げたいと思ったらアキレス腱を伸ばしたくなる。
アキレス腱を伸ばしたいと思ったら、ふくらはぎがやわらかくなってくれたほうが気持ちはいい気がする。

でも私のアキレス腱もふくらはぎも動かないし、見た感じやわらかいというより緊張してかたそうだ。
自分ができることといったら、何があるのだろう?

イメージ。
頭の中で湯船に浸かってみた。
膝から下がじんわりしてきた。
最初は調子が良く、いい感じに気持ちがよかった。
次第にふくらはぎの反対側(すねの方?)が痛く楽じゃなくなってきた。

先生が「痛くないですか?」と質問された。先生から痛みの質問はあまりなかったと思う。
痛くないようにします、とおっしゃっていたからかも。
今日質問されたのだろう?
私はさほど痛くなかったので「いいえ」と答えた。

痛いけど、ひょっとしてこの痛みはマヒじゃなかったらわかるものという気がした。
理由もないのだが。
徐々に強まる痛みに引きずられる自分、痛みが楽になる自分が、感覚の世界で綱引きをしているみたいだった。
痛みが強くなったり楽になったり、痛みの呼吸みたいにこんなに入れ替わりがはやいのははじめてだった。
どちらかが真で、どちらかが偽?そんな気もした。
当然、麻痺で痛みをわからなくしている世界は偽だとは思うが。
混沌とした感覚を感じながらリハビリは終了した。

リハビリ終了後、先生は「今日は緊張を取ることなどを行いました。」

びっくりした。リハビリを受けながら勝手に考えてやっていた湯船に浸かるイメージ。
これも筋肉の緊張を取る可能性があるなと思ったからである。
先生のリハビリに同調して勝手にリハビリに参加できていたなら嬉しい。

リハビリ後に先生はいつも頭の向きを逆にしてくださる。(リハビリ後の排便のため)
いつも頭の向きを変えるのみだったが、この日は途中座位になるときがあり、先生が私の足を見ている場面があった。
リハビリで先生は何かを感じていらしたようだった。

今日のリハビリに関係ないと思うが、
この日リハビリの前に、10年程前に冊子「春秋」に載った、認知運動療法を受けた感想を書いた作文を先生に読んでいただいていた。入院中にお世話になったリハビリ療法士さんなどにもらっていただいている冊子で、以前編集者の方から宣伝のため何部か配るように言われもらったものたが、まだ残っていたのである。























 

最近、自分のブログを読んでくださる方が少し増えています。
ありがとうございます!
 


アクセス解析について

私は昨年から、このブログの有料ユーザーになり、ブログの書籍化やアクセス解析を見ることができる。
アクセス解析では、その日に読まれたブログの記事が多いものから50件と、記事ごとの読者数がわかる。

アクセス解析結果は1日毎に出る。



大抵、読者数が最も多い記事は、その日に書いた記事が圧倒的だが、先日は「舌のしびれ」という記事が一番多い日で、何でだろうと思った。さらに思ったのは、最近舌のしびれがなくなっていることに気づいたのである。

不可解でどういうときにしびれが起きるのかわからず、今思えば入院中に最も時間的に長くしびれは起きていた。
入院中、STの先生は「気休め程度かもしれないけど・・」と言って「デキサルチン」という塗り薬をくれた。口内炎のとき塗っているという看護師さんがいらした。
日中は「確かに気休め?」という効き目だったが、夜中にしびれが起こると気になってしまうが、この薬を塗ると気が紛れる効果はあった。

退院後は、最も多かったのは透析後半で、しびれは強く、舌が取れたらどんなに楽かと思っていた。
その後、透析後半でも座ってパソコンを使っているとしびれはないことがわかり、現在は4時間ずっとパソコンを使う癖がついた。この癖がついても、体調が悪くパソコンのため座れないと、透析後半になるとしびれはあったはずだが、いつの間にかしびれはない。

年末のブログで「記憶からイメージ」ができたらいいなと思った。
最近昔の記憶は思い出しやすくなってきたから、自分の身体が動いていたときの記憶も思い出せて、本当の動きに結びつけるために脳内で試しに動いてみる・・・そんな事ができたら・・・ 
ブログを書いた3日後くらいの寝る前に、目を通して身体が動いている自分を思い出そうとした。いっぱいありそうなのに、1個しか出てこなかった・・・しかもイメージとはちょっと呼べそうになかった。

頭の中で自分はブランコで立ち漕ぎしていた。
頭の中ではそれっぽい映像はあったが、手など上半身のイメージはなく、股関節、膝関節、足首関節だけが映像の動き・力の入り具合が一致していた。

それにしても自分でまず思いつかないものが頭に現れたので、ちょっとびっくりした。
ブランコが前進するときは、妙に膝を折り曲げていた。加速するときは、膝を曲げて体勢を低くしたのかな。 ブランコを思い出そうとするがよくわからない。 たぶん自分は身体が動かせなさすぎで、どうやってブランコに乗ることができたのか、具体的には想像はできないようだ。

ベッドに横になり、頭に自分がブランコを漕ぐ映像があり、股関節、膝関節、足首関節から映像に合わせた感覚があったのはイメージっぽい。 「記憶からイメージ」は、自分の記憶から自分の動けそうな部分だけがイメージで取り出せるのではと思った。またやってみたい。