今日は大好きなミュージカル「ウィキッド」について書きたいと思います。
※ネタバレ注意です!
まずこの物語はただの女の友情物語ではないということ。
もちろん出番も多くて目立つグリンダとエルファバが主役なんですが・・
影の主役は実はフィエロではないかと。
実は唯一自分の信念を通して幸せを手に入れたのがフィエロなんです。
グリンダはまわりのみんなに愛されたけれど
本当に好きなフィエロからの真実の愛は得られなかった。
魔法使いになりたい夢はかなったけれど
本当は魔法の才能は認められていなかった。
ただ、利用されただけ。
逆にエルファバは真実の愛は手に入れることができたけれど
周りの人には嫌われ、追われる身。
魔法の才能はすばらしかったけれど
最後までその才能をすべてのまわりの人に受け入れられることはなかった。
一番願っていた「緑の肌とお別れ」することもできず・・
「緑の肌」は差別の象徴。
差別されることからエルファバは逃れることができなかったんです。
それは本当に悔しいこと。
フィエロは二人のこの女性に愛され、みんなからも愛される。
愛してる人に愛していると伝えることができたし、
最終的にハッピーエンドで結ばれる。
いきなり護衛隊長になれるしね。
ほかの国の王子という設定だったはずだし、
生まれたときから恵まれていて、
この人物だけが物語の中で異質なのは間違いない。
他人の意見に惑わされず自分の意見を唯一通すことができた人物。
ここでなぜ、フィエロだけが成功したのかを考えてみる。
それは彼がただまっすぐに自分に正直に生きていたからではないだろうか。
フィエロは人を差別することをしなかったし、差別されることもなかった。
自分を必要以上に卑下することもなく、才能におごり高ぶることもない。
やさしさも勇敢さも誠実さも備えることができて、
本当に望んでいたものを手にいれることができたのではないだろうか。
この物語の中での最大のテーマは 「見方を変えれば」。
よくよく見てみるとすべての登場人物が2面性を持っているんです。
見られた方はお気づきでしたでしょうか?
グリンダは「いい人」キャラだけど、実は八方美人。
他人のいうことを信じるというお人よしさも、おせっかいさもかわいいけれど、
実は相手の気持ちを考えるということに関してとても苦手。
苦手なあまり、大事な友達エルファバの妹ネッサローズが死んだときも
靴を人に簡単にあげちゃうというようなことができたりする。
一見暖かいけれど、他人には興味のない薄情なところがあるのでは。
エルファバは嫌われ者キャラだけど、心は本当にやさしい女の子。
でも実はそれも見方を変えると、、
エルファバは自分のことを最初は嫌いでとてもひねくれた女の子だった。
おそらく嫌われていたのは緑色のせいだけではない。
その性格にも問題があったのではないだろうか。
フィエロを愛し、愛されたことで心の闇がだんだん消えて、
本当に素直ないい女の子に成長するのだけど。
モリブル先生はエルファバをだましていた悪い魔女に見えるけれど
エルファバの才能を最初に見抜き、導いたのは実は彼女。
オズの魔法使いは、本当は魔法を使えないのに民を偽って君臨し
動物を迫害する一見とんでもない悪いやつに見えるけれど
実はただただ流れに任せて生きていたらそうなっただけの
小心者でお調子者。でも本当はやさしい。
でも娘がほしいという、ほんのささやかな願いも叶わず(実際には叶っているんだけど)
今の生活を受け入れて生きるしかない悲しいさびしい男。
私の勝手な想像だけど、モリブル先生はオズの魔法使いに惚れていたのではないかと思うんです。
愛する人の願いを叶えるため、何か力になれないかとエルファバを送り込んだ。
本当はかわいい教え子のはずのエルファバを彼のために悪い魔女にしてしまった。
人を好きになるとその人のために何だってしてあげたくなっちゃいますよね。
時にはそれが悪いことだとわかっていても
愛する人のためにはついやってしまうという経験、誰しも一度はあるんではないでしょうか。
モリブル先生はこの魔法の力のない、でも心やさしいオズの魔法使いを
ただ愛していたのではないでしょうか。
②へ続く