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ブログ、光透波と体のスピリチュアルさんから記事を転載させていただきます。
囚われ
2015/03/1807:59 0 0
「アルがまま=囚われない」
字はどう教えているか
囚→囗+人
囗=固定観念の中にいる人、と取れます。
囗=カコミ=過去実
固定観念とは、過去が実体とズバリです。
固定観念が強いほどネバ・ベキが強くジャッジしています。
過去=記憶に翻弄され続けます。
誰もが生まれた時は
何の固定観念もない純粋無垢の「タダの人」ですが
ネバ・ベキの押し付けの躾や教育、抑圧で
ジワリジワリと固定観念が作られていきます。
刷り込まれた価値観、道徳、イデオロギー、蓄積してきた知識・・・
それを元に善悪、良い悪い、正しい正しくない・・・とジャッジし続けています。
真実はポジティブの前提には
ネガティブが必然するという法則しかなく
必然性を良い悪いでジャッジすることは
原因にフィードバックできず現象に囚われ続けています。
過去に縛られていることは
売りコトバに買いコトバの過去(下)からのコトバの使い方しかできません。
固定観念の中でシノゴノと生きているわけです。
狭い囗=カコミ=固定観念の自分の思考と感情が第一であり
正義ですから
強い自己主張か頑なに守ろうとするしキレやすい。
当然
体も固定観念に合わせ固定=自律神経緊張になります。
そして薬を飲んであれが良いこれが良いとTVや本の情報におどらされます。
現象に意識が固定され情報を鵜呑みにしているわけで
簡単に洗脳コントロールされやすいです。
体の声、胸の奥で呼ぶインナーチャイルドの声を聞こえるようになりたい。
アルがまま=囚われない世界は
囗=過去実=固定観念を超越した世界に在るわけですから
思考を超える、概念を超える、ジャッジしないなどと言われます。
囚われていることは
現象を固定観念でジャッジしていることですから
ジャッジしなければいいわけです。
何ダ何ダと問い続けることで
現象から原因の探求が深まり固定観念=囗が割れていき
タダの人になっていけます。
良い悪いのジャッジやネバベキの思考と感情
いわば自己否定の解放です。
主観を客観できますから埋没しない分
現象から原因=法則に意識が広がり
理知と慈しみに充実していくと思います。
赤ちゃんは固定観念が無くタダの人=純粋無垢ですが
自意識がまだないため自覚ができません。
しかしガチガチの固定観念=自我を割って成るタダの人は
物事の道理、理知力を踏まえる老練なる純粋無垢の獲得です。
「アルがままの世界」を生きるタダ者ではないタダの人ですね。
囚われなければ割ることはできず
理知と慈しみに満ちた「アルがままの世界」を獲得できないわけです。
囗を強めるのか、囗を割るのか
どちらにエネルギーを向けるのか迫られてる時代に思います。
あこがれはタダの人。
🙏
ただのヒト、、
廻り巡ってただの人〜
🕰
全ては過ぎ去る波の中〜
廻り巡ってただの人、、、
頭で知っても真理は言えない
知識を落としてただのヒト、、、
大丈夫。
何も失われてはいない。
あなたの為に吹く風を、、
できるだけ感じて今ここを、、
陰が極まり陽に転ずる
螺旋、波紋の中、我は我を演ずる
色即是空 空即是色
本当のことは誰も言わない、、
本当のことは誰も聞かない、、、
🙈
と思い込んだ自分にする乾杯🍻
結論はない、、
明日は私の頭の中にしかないことを分かってはいるけれど、
明日への希望を糧に生きるあの人の気持ちも分からない訳ではない、、
いつも動いてる、、
どっちかに向かって動いてる、、
生から死、死から生、、
吸っては吐いて
吐いては吸って、、
アタマでしか計り知れない🙏
いつでもどこでも、、
常に既に、、、
💫
まったくもって、またたくまに、、
🙏
磯子、海沿いの京浜工業地帯、綺麗な夕暮れ🎞
