私たちはふだん、「お金がほしい」、「海外旅行に行きたい」、「子どもをいい学校に入れたい」、「○○が欲しい」等、様々な欲望を持っています。

 

欲望があるからこそ、生活していくための原動力になりますが、欲望が満たされないと、心の中に不満や苦しみ、悩みが生まれてしまいます。

 

しかし、大きな病気をして、身体が思うように動かせなくなると、欲望の内容は変わります。

 

それまで「美味しいものが食べたい」、「お金が欲しい」と思っていた人が、「自分の足で歩いてトイレに行くようになりたい」等と当たり前の日常を求めるようになります。

 

人間とは欲張りなもので、日常に感謝できるのは、非日常的なことで且つ自分に都合のいいことがあった時ばかりです。日常の感謝すべき事を当たり前に見過ごしてしまっています。

 

空気や水が食べ物があること、衣服を着て過ごせること、おはようと言える人がいることや、自分のそばにいてくれる人がいること、それだけで幸せ…

 

『何も起きず普通に、淡々と過ぎる日常こそ、幸せの本質…』

そのとおりだと思います。

 

今、そのままで感謝している人を神様は応援してくれるようなので、今、不平・不満を言って、神様に「良縁祈願」をして「もっといい人に出会わせて下さい」とお願いしている人に、「よし分かった、会わせてやろう」とはならないですよね(笑)

 

自分が神様だとしたら、今に感謝している人と、もっとくれくれ!と言っている人、どっちを応援したくなるか?ということです。

 

ビジネスマンでもお金をもっともっとくれ!という人より、「本当に感謝してます、ありがとうございます」と言う人を応援したくなるものです。

 

ここで言う「神様」とは、「自分の本質、自分の良心」と置き換えてもいいでしょう。

 

『愚痴を言えば言うほど、愚痴を言いたくなる現実が押し寄せる。感謝をすればするほど、感謝したくなる現実が押し寄せる…』

 

このマインドセットをしっかりと心に刻んでおきたいものですね。

 

参考 日常に深く感謝できるのは…