何かせねば・・・
と言う理由で書き込んでるので
スルーして下さい。
俺は、7歳で母親と心中。
12歳で父の浮気が原因で家庭崩壊。
18歳で一家離散したのを期に
親兄弟を捨て今まで独りで頑張って来た。
そして今現在も独り・・・
仕事が嫌で辞めたい時期も有ったけど
以前の賃貸は必ず親族の保証人が必要だったので
身内の居ない俺には家すら借りれず寮生活なので
辞めてしまえば仕事も住む場所も両方が無くなってしまう。
その内に、親が居ないから自由で、将来も親の生活や
介護をしなくて助かる♪って楽観的に考える様にした。
でも、盆や正月の連休には同僚や知人全てが帰省し
やはり強がってても寂しかった。
何度か転職して家も借り、婚約者と同棲を始めて
広いマンションに引越しして2ヶ月目の日
休日の9時過ぎに起きて婚約者が居ない事に気付き
部屋を全て探しても居ない。外出しなと思い玄関を見ても
施錠して靴も鍵も有るし、何気に風呂場を見ると
うつ伏せの状態でバスタブに浮いていた彼女を発見した。
慌てて引き上げ、救急救命士の資格を持っているので
明らかに死後硬直していて助からないには分っていたが
CPRを施し、消防に電話した。
到着するまでにBEDに運び、濡れた全身を拭いてあげ
謝りながらKISSした。彼女はうつ伏せで浮いていたので
自転車に乗ってる様な態勢で硬直していて
手足を真っ直ぐにしようと思っても骨折しそうな位
硬くて動かない。顔も全く血の気が無く
ホラー映画に出てくる顔の様に青白く血管だけが
網目の様に走っている。皮膚も唇もゴム製品の様に硬くなっている。
やがて、消防と同時に警察も到着し、入籍して無い俺は
殺人の容疑がかけられ自宅の部屋で取調べを受けた。
警察の検死が終わり、映画の様に
黒い遺体袋に入れられて運ばれて行った。
その後は事件性が有るので家宅捜索に本格的に警察署での取調べ。
翌日は遺体検案の為、大学病院で解剖され・・・
親御さんからは『人殺し!!』と罵られ・・・
拘置所から葬式や埋葬の手配をし金銭も工面して
容疑者のまま何とか葬儀だけは参列が認められた。
連日7時頃から22時頃まで
同じ質問ばかりされ、ポリグラフ(嘘発見器)
にもかけられて一週間ほどして白に近い
黒と言われたけど、殺人の容疑は晴れた。
殺人容疑も晴れ帰宅しても何も手に付かずぼんやりして過ごす毎日。
何も考えたく無く、ひたすら眠った。でも、だんだんと呼吸困難や
動悸と視野が狭くなり暗く見える。
何か体調がおかしいと思い、病院に行くと心療内科を勧められて
足を運ぶと『鬱』と診断される。
その時期、まだ刑事が張り付いていた。
もちろん何の気力も無いので電話さえ出来ず仕事は無断欠勤。
もう疲れ果てて何も考えたく無いので抗鬱剤を飲み眠るが寝れない。
精神安定剤をもらい、寝るが少ししか寝れない。
日増しに寝れなくなり薬の量が増え、酒に走ってしまい最終的には
抗鬱剤とハルシオン2錠をストレートの焼酎で飲んで寝る毎日だった。
だんだん酒と薬の量が増え、途中から歩く事すら困難になり
3ヶ月も記憶が飛んでしまい気が付いたら隔離病棟に居たよ。
連絡が取れないので知人が放り込んでくれたみたいである。
53キロ有った体重は36キロになってしまい。
窓には飛び降り防止の鉄格子。フロアーの出入りも施錠され。
周囲は突然叫び暴れ出す精神病院に。
俺だけは正常と訴えても認めてもらえず、人格まで否定されたよ。
3ヶ月の入院生活だったけど、病院に守られているって妙な安心感。
時間になれば食事が出て来るし
寝てテレビ見るだけの気楽な毎日だった。
急に、このままでは社会復帰が出来なくなる・・・
と言う脅迫観念に襲われたけど
退院の時期が決まってたので結構楽天的に居られた。
この時期になって、何の悩みも無く
普通の自分に戻れた事を実感した。
今でも、時たま自分自身がしっかりしないと
身寄りが無い俺はホームレスになってしまう・・・
と言う焦りで鬱になりかけるが
幸いな事に、まだ一度も再発していない。
彼女が自らの手で星になった理由は今でも謎だが
あの日に戻って優しい言葉をかけてあげたい。
今では臆病になってしまい、恋愛が出来ない。
愛すると言う感情が欠落してるのかも知れない。
独りだと自分しか失うものが無いから。。。
6月25日で5回忌を迎える・・・