創建は天正11年(1583)
元々は本能寺の変後に領主となった信雄が、清洲城下に父親である信長の菩提を弔う為に建てたお寺でしたが、「清須越し」で名古屋大須に移ってしまった跡地に尾張藩主の徳川義直が再建したお寺です
なぜこの總見院に焼兜が納められたのでしょうか…
信雄公の手に渡った信長の焼兜
信雄公が秀吉に対立し、那須鳥山城に移されると、焼兜は岐阜城主織田信秀に贈られ、信秀が関ヶ原の戦いで高野山に流されると、信長の遺臣、近江国加山城主小林氏が賜り、天明5年(1785)織田信雄の5男高長の家系が立藩した柏原藩の家老から総見院に贈られたそうです
とても貴重な信長の兜を拝見出来て良かったです
コロナが無かったら、大河ドラマの舞台となる岐阜などを廻る東京からのバスツアーでこの總見院の見学も予定されていたそうです
そのツアーも中止になり、とても残念です
書き置きですが、御朱印もいただきました
私ひとりの為に、とても親切に説明をしていただいた御住職に感謝です
やっぱりこの景色すきです
愛知県は今日、緊急事態宣言の解除が発表されました
かといって気を緩めることなく、今後も人と人の距離確保やマスクの着用をして他県への外出を自粛していきたいと思ってます











