予定日は11月3日なのに、

7月19日21時00分

体重:760g
身長:32.0cm

修正24w5dで
緊急帝王切開にて出産せざる終えませんでした。


市立病院に昨夜から入院したけど、
今朝の診察の結果、
子宮経官2.7㎜(見方によっては2.4㎜)で(これはもう長さ戻らない)
お腹の張りも点滴でよくなってないから、
思ったより重症だとのこと


白血球もすごいあって炎症がすごいみたい。

発熱も点滴のせいじゃなさそうで感染によるものみたい…

そうなると赤ちゃんにも感染しちゃうから、

もしこのまま短くなって破水となったら、
帝王切開で出さなくちゃいけないと…

思ったより重症だから、
今日にも搬送先探さなくちゃいけないかもしれないって…


絶対安静でベッドに寝てたところ、明らかに尿漏れどころじゃないあせる


まさかの破水!!



………
一回流れても、
恐くて、なかった事にしようと思ってシカトあせる


………
息も止めて動かずにいても更に流れてくる……


もぅ終わったと思い、さすがに
ナースコール。。


車椅子で内診台へ連れていかれ診察。


診察中もダラダラ流れて診なくても破水だってわかるあせる


即搬送先を探して出産するしかないと…

でも赤ちゃんの心拍は問題なく元気でした。


至急家族に連絡を取って、お父さんにきてもらい、バーベキューに行ってる旦那にも電話して謝りました。


一件目は、川口の病院に断られ
二件目で埼玉医大受け入れokでで一時間かけて救急車で母体ごと搬送されました。



もぅ何もかもが怖かった。


初めての救急車…
タンカーがせまくて、堅くて痛いから妊婦には不向きだし、安静なのにめちゃくちゃ揺れるあせる


一時間かけて到着したら、
旦那の両親が既に到着しててびっくり!!


タンカー乗りながら、周りを見渡すと、

『母子総合周産期医療センター』
とでかい文字をくぐって、

あぁ…
あたしは重症で
すごい所に担ぎこまれたんだな…

って思いました。



ここでも同じように内診から始まって、

女医さんからの説明で、陽水はまだ少し残っているけど、炎症がひどいからやっぱりこのままだとどっちにしろ赤ちゃんが危ないから出してあげないといけない、
23週からは早産だけど、24週ではまだ小さすぎて、助かるかは分からないとのこと…



何とも言えない気持ちで話を聞きながらも、

先生やナースさんたちは、私のペディキュアを除光液で落として
靴下を履かせたり、

採決をしたり、

心拍計をつけたり…


で、家族も中に呼ばれ、旦那も間に合って説明を受け、手術や輸血の同意書を記入して、


今度は、麻酔科の先生や、胸のレントゲン撮る先生、そして子供は生存したら即保育器に入るであろうとNICUの新生児科の先生達が順番で説明にきてくれました。


もう私は泣きながら正直頭に入ってなかったと思います。


おまけに、前日から、陣痛の痛みで一睡もしてなくて超眠いあせる


術前検査が終わって、
麻酔を腰に打ってから
20時40分手術開始。

麻酔を打ったら、一気にあの激痛が消えたひらめき電球

何かほじくられているような感覚はあるものの、気持ち悪いあせる


我が子の無事だけを願ながらただひたすら待った。

『長く、長く…』


って先生の言葉で、


へその緒カットの場面だと想像でき、


次の瞬間、

か弱い産声が2、3回しょぼんしょぼん


生きてる!!!!

と分かった瞬間、胸のあたりがあつくなって、


でもまだ先生達も何も言わないし、自分の目でみたわけじゃないから不安だった。



しばらくして、何かの処置を終えたであろう我が子との対面。

『おめでとうございます』と一言言って見せにきてくれた。


赤黒くて小さくてよくわからなかった。


性別は産むまで聞かないつもりでいたから、
どっちですか?
って聞くと、
『女の子です』と。


テレビで見るような、

『おめでとうございます!元気な女の子ですよ』

とかじゃなかったけど、
生きてくれたことに感動して涙があふれた。


だんだん麻酔が切れていくのが分かって痛いけど、なかなか縫い終わらなくてしんどかったなあせる

病棟に運ばれる途中で旦那や家族に会えて、
ほっとしたのを覚えてる。


終わってからはのどが渇き過ぎて、でも朝の4時まで飲めなくて辛かったな。


麻酔もだんだん本格的に切れてくるとお腹周りが痛くて、体も動かせなくて、同じ体制でいることで余計痛くて、
1時間置きのオロのチェックや血圧、採決があったりで寝るにも寝れず、朝の4時ぴったりでナースに飲み物持ってきてもらって少し復活したニコニコ

この夜は、
まだ子供を産んだことが信じられなくて、胎動や痛みがないのが不思議な感じでした。


心待ちにしていたけれど、まだ先のことと考えてた私達だけに、
いきなりすぎて整理がついてなかった。

旦那が撮ってきてくれた写メをみると、痛々しくて可哀想だったけど、

この日は、ただ生きてくれればいいと願った。