あの世にいる人のその姿って、いつの時点のもの? | Like a blue rose -有言不実行-

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日常のたわごとを書いたり、書かなかったり。

いま、金曜ロードショーの『ツナグ』を見ててふと以前から疑問に思っていたことを
今一度考えています。




亡くなってしまった方と奇跡として会える物語とか、
または現実的な話、死出の旅に今、出んとしている人の姿とは、どの時点のものなのでしょうか?




例えば、とある時期から車いす生活を余儀なくされて結果、亡くなってしまった方は車いすに乗ってスタートなのでしょうか?




亡くなる直前の数年前にボケてしまったとして、やはりそのまま亡くなったら、ボケた状態なのでしょうか?


すると映画のようないい感じの黄泉がえりって考えにくいですよね。



いづれもそういう訳じゃなさそうですけど、だとするとどこの時期をピックアップしてくるんだって話ですよあせる






枕元に立つご先祖様もそうです。





では、仮にその人の全盛期、絶頂期に設定したとすると、その子どもは若かった頃の親を指すかもしれないし、その孫となる子は既にお爺ちゃんの姿を指すはずだ。




それでは整合性が取れない。



ざっくり言うと、死んだ時点から遡って直近の一番小康を保っていた頃の設定にしてあるのかな。。。



それとも、現世にあの世の人が現れたとしても、各々見え方や姿が違うのかな。。。。



これ、結論でないんじゃないか。


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