とにかくくやしくて仕方がなかった。このレースはトラブルさえなければ入賞、あるいは

表彰台さえ望むことができたはずだった。現実はつまらないトラブルによるポジションダウンである。


マシンさえ仕上げれば間違いなく表彰台は狙えた。その思いがさらに募ることになった。

この後のチームは加速が付いたようにがむしゃらに練習した。こわれたら整備を繰り返した。

次のDE耐のために。


チームとしても着実にレベルアップしてきて、腕試しをしたくなった。

そうこうしているうちに年に2回予定されていたNASU耐はNASUの営業停止が決まると共に予定が

消滅した。


そのかわりに北ショートコースでのHRC主催2時間耐久レースが開催されることになった。

我がチームの次の目標がきまった。

...そしてHRC2時間耐久へとつづく