こんばんは。
たくさんの思い出が出来た旅。
たくさんの笑いと感動と勇気を
藤やん(『水曜どうでしょう』の藤村チーフディレクター)
うれしー(『水曜どうでしょう』の嬉野ディレクター)はじめ、
HTBのスタッフの皆さん、
そして、鈴井貴之さんに大泉洋さんに
どどんと“おみまい”された旅。
他にも、苫小牧に白石でも“いろいろ”ありました。
感動いっぱい、胸いっぱい。
やっぱりまだ、文字に表せません。
だから、あまのじゃくになって(苦笑)、
硬派な話題で更新します。
藤やん、こちらこそ…『どうもありがとう』です(^-^ゞ。
………………………………………。
12年前の今日、アメリカニューヨークの
ワールドトレードセンターを中心に、
同時多発テロが発生し、
数えきれないほどの多くの人々の命が、
夢や希望とともに砕けてしまいました。
しかし、未だテロは世界のどこかでおこり、
死ななくて良い人々がどこかで死に続けています。
文字通り、無駄死にし続けています。
もちろん、テロは無くさなくてはならない。
でも、僕が今日訴えたい話の本題は、
それだけではありません。
それは、テロの被害を受けたアメリカについて。
もちろん、命が奪われた皆さんに
ご家族や友達に命を奪われた方がいらっしゃる皆さんに対して、
僕は、哀悼の意を捧げるのみです。
しかし、崩れ去ったワールドトレードセンターの
跡地に出来た“大きな穴”に対する
呼び方をはじめて知った時、
正直、僕は耳を疑い、胸が痛くなりました。
それが、今回のタイトル『グラウンド・ゼロ』。
広島や長崎の原爆資料館を見学されたことのある皆さん、
何かこのキザな言葉に聞き覚え、ありませんか?
そう、これは日本に原爆が投下された
場所を表す言葉なんです。
他にも、核保有国が実験を行った場所を表すために、
この『グラウンド・ゼロ』を使うことがありますが、
その範囲、それに近い内容以外では
決して使われなかった言葉です。
しかし、どこの誰が使いはじめたのかが分かりませんが
(ウィキペディアでは、マスコミが使い始めたとされています)、
アメリカ国内では、卑劣なテロに穏やかな日常を
奪われてしまったという“悲しみの象徴”として、
この言葉を用いています。
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あとは、皆さんで考えてください。
アメリカだって、核を持つ国なのです。
だから、こんな表現が受け入れられ、
12年経つ今でも“キーワード”として使い続けられる現実を。
中国や韓国、ロシアだけに目を向け、
怒りを覚えている皆さんも、
そんなアメリカの世相にも
しっかり向き合って欲しいな……と思います。
最後に、個人的な気持ちを短く。
不条理、感じます。
MAC-21